ガーデンウェディング

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ガーデンウェディング

 フィルディ滞在三日目。  温かな日差しと花々が気持ちよさそうに揺れる庭園に、純白の衣装に身を包んだクローディアとエルキュールが立っていた。  それはエーノルメの披露パレードで二人が着た婚礼衣装で、袖を通すのは約一年半ぶり。  庭師が剪定してくれた季節の花束を持ったクローディアは、実質三度目のような夫との結婚式に胸をときめかせていた。  これはクローディアの母が切望していた娘の晴れ姿を見せるために、エルキュールが考え申し出たこと。 「明日、少しお時間をいただけないでしょうか」  その言葉と共に、可愛らしいカードを受け取った母は、中を開いて泣いてしまった。  それはこの庭先で行われる小さな結婚式の招待状。  正式なものではなく、ただクローディアの美しい姿を見て欲しい。そう願って開かせてもらったものだ。  フィルディの使用人は急ごしらえにも関わらず、国王夫妻とクリスティアン、そして城内にいる家来が座る椅子を庭の花やリボンで飾ってくれた。  祭司の代わりに正装したアンクレー伯爵がフィルディ式の結婚式を執り行ってくれる。  見上げた夫は、初めてヴェールを取った時よりずっと深い愛を、今も惜しみなく注いでくれる。  今は戦ではなく(まつりごと)でその腕を振るっているが、彼は国内の生活安定と共に周辺国との関係性の修復に注力し、徐々に信頼関係を回復しているところにある。  頼りがいのある、逞しく優しい夫だ。  エルキュールの見つめる先には、愛らしさが留まることを知らない最愛の妻がいる。  死が二人を分かつ日が来ようとも、死後の世界でも再会を誓う妻が。  おっとりした彼女だが、それは夫の前だけで見せる顔。  彼女はエルキュールが日々国の内に外に走り回る中、ただにこにこ笑っていたわけではない。  エーノルメの歴史や文化を更に学び、身分に関わらず多くの人と交流を重ねた。  人が人を繋ぎ、彼女の働きかけは緩やかだが確実に諸侯や他国との関わりの礎になっていった。  その際に多用されたのが彼女の大好きなお菓子。  お菓子は幸せの塊だと信じて疑わない彼女は、自分の幸せをお裾わけする意味で各地の地のものを取り入れたお菓子を自ら作った。  それは単純に彼女の「おいしいお菓子が食べたいな」という気持ちから来ていたのだが、ジュレが野菜嫌いを克服させるためにクッキーに野菜を練り込んだことが、意外な場所で活きて来ることとなった。  アンクレー伯爵のオリジナリティの強い進行の元、エルキュールとクローディアは口づけを交わす。  母親は終始嬉し涙を流しハンカチを三枚も取り換えるはめになったが、口づけを交わす二人が少々盛り上がってしまうと、「これ」と小声で咎めた。  これも純白の衣装を着せられたシャールが乳母の手からクローディアに渡る。  今日もドレスの袖や首元を涎で汚すのに忙しいらしい赤子は、随分とご機嫌なのか可愛い声を沢山発していた。  庭が祝福の声で満たされる。  あちらこちらから、貴族も使用人も関係なく、「おめでとう」の声が飛び交う。  幸福な笑顔でその声に応えるクローディアとエルキュールは、ふいに心に直接響くような声を聞いた気がした。 ――おめでとう、クローディア。妹にもいい相手よろしくな! ――おめでとう、クローディア。弔ってくれたこと、俺も彼女も忘れない。  クローディアとエルキュールは同時に顔を見合わせたが、父が「さあ皆の者宴だ!」と言う声で我に返る。幻のような声はもう高い空へと吸い込まれて消えてしまった。 「エルク、今……?」 「ああ、俺にも聞こえた」 「どうした主役の二人。席に着くといい。今日はな、クローディア。お前の大好きな菓子の新作を用意させたぞ!」 「素敵! どんなお菓子かしら?」  クローディアはシャールをまた乳母にお願いし、エルキュールと共に嬉々として席に着いた。  お茶が淹れられ、目の前に見た事のないお菓子が運ばれてくる。
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