素敵な骨

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「あのね、エクレール。もし還りたくなったら言ってね。そうしたら契約は終了。きちんと送ってあげるから。もう二度と迷わないように」 「迷わぬように……俺はなぜさ迷っていたんだ」 「シャンピーは死にたくないって強く思ってたみたい。だからすんなり冥界に行けずに、森の悪霊たちに惹かれて悪いものになりかけてたの。さ迷う理由なんて分からないことの方が多いんじゃないかな。でも幽霊たちもゆっくりお話しを重ねていくと、やがて思い出すみたい。そして思い出した幽霊は、もう留まることなく自分で冥界に旅立つ人が多い……あなたも自分で思い出したら、すんなり還ることが出来るかもね」 「とてもぼんやりした記憶なんだ。死の瞬間すら思い出せない。今もどこか夢を見ている、そんな浮いた感じがする」  そう言うと彼は真っ黒な眼孔で正面を見据えた。  夜でも実際に目で物を見ているわけではない死者に灯りは関係ない。  クローディアは砦が大きくなってくると止まってもらい、手にしたカンテラに灯りを灯した。  そこからはゆっくりと馬を進めてもらう。 「全部思い出せなくても大丈夫。ずっとあなたを拘束したりしないから。しばらく一緒にいてもらったら、きちんと送ってあげるからね」  そう言うと死者は皆どこか安心するのだが、エクレールは曖昧に頷いただけだった。  思い出せないだけで、よほどの未練があるのかもしれない。  あまり未練が強い時は、それを取り払ってやる必要もあるのだが、それは本人にも思い出してもらわないことにはクローディアにだってどうすることも出来なかった。 「止まれ! 何者だ!」  砦の正面に向かうと、少し離れた所で衛兵にそう呼びかけられた。  クローディアはフードを下げると、自分の顔の傍にカンテラを掲げながら名乗りを上げた。 「クローディアよ。砦の皆さん、お疲れ様です」 「姫! 失礼いたしました。さあお通り下さい。今すぐ城主にお取り次ぎましょう」  衛兵はそう言うと馬の手綱を取った。後ろにいる大男の顔をわざわざ覗こうとはしないが、どうせその面は骨なのはもう分かっていた。  エクレールは手慣れた様子で下馬すると、何度乗せられても手慣れることのないクローディアに手を差し伸べた。  外套から骨の手が覗いたが、やはり衛兵は気にも留めなかった。  ふんわりした髪を揺らして、生命力溢れる美しい少女が死に誘われているような光景を、この砦の者は誰も気にしない。  クローディアが森で一人、死者を使って国を守ろうとしていることは、同じ守る者として知っていた。こんなに可憐な乙女でありながら、共に戦う戦士の感覚に近いものがあった。  一時期町で“呪われている”だの“死神を連れた乙女”だの変な噂が流れたが、それはここの兵には関係のないことだった。  下馬した彼女が「ありがとう」と微笑を浮かべ見上げた先に顔に肉はなかったが、ほんのり頷いたのはその笑みに応えているらしかった。
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