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「あなたの好きなカスタードクリームを存分に味わえる一品を考えてもらったの。薄い生地の中に、たっぷりのクリームが入っているのよ」
「本日はそれに改良を加え、姫のように可愛らしくなるようアイシングも施しております」
城の料理人が説明するが、クローディアはもう目の前の新しいお菓子の味が早く知りたくて仕方なかった。
薄い生地は小麦色で、その表面は白いアイシングがかけられていた。他にも色とりどりのアイシングが施されたものが並び、彼女は早速「いただくわ!」と言うと綺麗な指先で摘まんだ。
少し長い形状をした菓子が、クローディアの可愛い口に運ばれていく。
一口分をかじると、アイシングが“パキッ”と小さな音をたてて、ヒビが入った。
そして口の中に広がる生地の香ばしさと、クリームの滑らかな甘さ。アイシングがシャリっとそこに歯ごたえの変化を付けて来るのが楽しい。
「んー!」
「ディア、まず飲み込んでから感想を」
美味しいだろうことはその反応を見れば分かるが、エルキュールは内心「愛らしい」と溜息をこぼしつつ彼女の前にお茶を置いた。
クローディアは菓子を飲み込むと、お茶を一口飲む。
「美味しいの! これはなんて言う名前?」
「実はまだ決めていないのです」
料理人の言葉に、クローディアはしげしげと食べかけのお菓子を見つめる。
出された時は綺麗にかかっていたアイシングが、割れてヒビを走らせていた。
なんだかそのヒビには既視感を覚える。
彼女は隣にいる夫の顔を見上げた。
「なんだ?」
その額には、白骨だった時と同じように稲妻のような傷がうっすらと見える。
「稲妻なの」
エルキュールも彼女の手元を見た。
「なるほど、確かに」
後にこの菓子はエクレールと呼ばれ、上にかかるアイシングにも様々な物が使われるようになった。
後世ではこの時はまだなかったチョコレートが主流で使われるようになり、クリームにもバリエーションが増えたと言う。
名前も少し派生し、エイクレア、エクレア等と呼ばれ、国を代表する菓子の一つにまでなったとか。
菓子だけでなく酒も振舞われ、国王が無礼講としたために通りかかった使用人までその相伴にあずかる。
クローディアは着替えると傍らにゆりかごを置き、庭の花で家臣の子供らと花冠を作り始めた。
エルキュールは弟にせがまれ、そこから少し離れた所で剣舞を披露する。
酒に酔った家臣が肩を組んで歌い始め、使用人は楽団の陽気な曲に合わせて踊り出した。
家庭的な空気の強いフィルディの王城は、この日はずっと祝福の中にいた。
こんな日々が続けばいいと、誰しもが思った。
だが平和や幸せと言うのは勝手に続くものではない。
それを願う者の働きかけで維持されているだけで、小さなほころびからあっという間に壊れてしまうことだってある。
だから未来永劫の平和と言うのは難しいかもしれない。
それでも。
少なくともこの二人……魂の結びつきの強いクローディアとエルキュールが現世を全うする間、彼らを取り巻く環境に幸せの日々が続いたことは確かだった。
おわり
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