素敵な骨

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「ではその剣はそなたに差し上げよう。その剣が美しいままであるのを祈る」 「かたじけない。俺が生前どちらの国にいたかは分からないが、この剣はクローディアのために振るうと約束しよう」 「うむ、頼んだぞ」  本来肩に担いで運ばれるこの剣に鞘はなく、肩から下げる帯剣用のベルトをさらに受け取り骨の背中に背負われた。  戦場でこんな者がいたらそれだけで兵力を削れそうだ。  シャンピーのために新たにマントをもらい、さらに鞍も一つ受け取るとクローディアとエクレールはもう一度アンクレー伯爵に礼を言った。  父王からの贈り物を受け取り、二人また帰路に着く。 「私、これで約束果たせたかな?」 「俺はただ戦える剣があればそれでよかった。十分過ぎるほどの剣を貰ってしまった」 「気に入ってもらえたのならよかった! アンクレー伯爵にも感謝だね」 「随分堅牢な砦のようだな」 「うん。ここがエーノルメを最初に防ぐ要だから。砦も城壁もたくさん強化されて、兵の数も増えて……でもそれって、ここが破られたら終わりってことなの。フィルディにはもうそんなに兵力も財力もないはずだから……」 「なぜ死霊兵を使って攻めない?」 「死者で死者を作るってなんだか変じゃない? 生きている者が生きている者の命を奪うのもおかしいけど。私はただ、早く戦争をやめて欲しいだけ。無駄に散らしていい命なんてないの。だからあの森で迷子になっちゃう人が出て来るのよ。恨みとか、悲しみとか、そんなのを抱いてしまって」  クローディアは風になびく馬のたてがみを意味もなく撫でた。  ふさふさだけど少し(こわ)い手触りは、だけど温度は伝えてこない。  死者と生者の明確な違いをそこで感じた。 「私、死者を冒涜してるって思う?」 「冒涜?」 「うん、エーノルメの王子にそう言われたの。死者の眠りを妨げ冒涜してるって。でも戦争だって命を軽んじてるじゃない」 「使役される身からすると、冒涜されたとは思わない。魂だけでさ迷うことほど不安なことなどない。生まれたての赤子がその辺で放置されているようなものだ。危うく、寂しく、絶望的。それがクローディアに呼ばれ、ここなら安心だと思えた」 「本当?」 「ああ。身を委ねたくなる、そんな温かさがある。その男もきっと死ねば分かる」 「死んだ者が皆さ迷うわけじゃないわ。あの王子がもし死を迎えたのなら潔く死後の世界へ旅立つ代わりに、冥界の扉を叩き割って大迷惑になりそうだわ」 「そんな野蛮な男なのか」 「知らないの。暗い森で一度見ただけ。あなたが来る前日よ。あの王子様、ちゃんと国に戻ったのかしら? シャンピーが気絶させちゃったの」 「そんな野蛮な男なら、すぐに目覚めて次は森の木をなぎ倒しに来るかもな」  クローディアは「それは困るわ」と贈り物を抱えたまま振り向いた。 「そんなことになったらフィルディの守りが薄くなっちゃう。エクレール、絶対そんなことさせないでね」 「命に代えても」 「もう代える命はないよ」 「そうだったな」  二人笑うと、エクレールは骨の腕をクローディアの腰に回し馬の速度を上げた。  失踪する骨の馬は、一人の生者と一体の死者を乗せ、真夜中の草原を駆け抜けていった。
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