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「あれは悪くない。もうすぐ死んだことに気づいて、一人でちゃんと還るから」
一人で還れるものにクローディアは干渉しないらしい。
しばらく並走した後、騎士が止まったので「どうしたんだ?」とクローディアに聞くと、「思い出してるの」と返って来た。
「自分が死ぬべき理由を思い出しているの。あの人はもうほとんど思い出してる。少しだけ後押ししてあげるね」
エクレールも馬を止めると、彼女は外套の内側から何かのハーブを取り出した。
細長い乾燥した葉の端に火を点けると、葬儀でも嗅いだことのある清浄な香りが漂った。
「道が見えたら、迷わず進んでね。案ずるなかれ、汝の道は寧静の中にある」
クローディアは死者を弔う句の一節を唱えると、火の点いたハーブを落とした。
彼女がもういいと言うので馬を進め、しばらくして振り返ったがそこには何もいなかった。
「逝ったのか?」
「うん。みんながみんな、あんな風に穏やかならいいんだけどね」
「そう言えば悪霊が襲ってきた場合、俺には何が出来るんだ? 剣で斬れるとも思えないのだが」
「大丈夫。生きている人間が幽霊や悪霊に切りつけることはできないけど、今エクレールは同じ存在だから。でも基本的に私を連れて逃げて。たまに危ないのもいるけど、そういう時は私も逃げちゃうの。あなたも逃げるのよ。シャンピーは一回連れていかれそうになって大変だったから」
「死者が連れていかれるとどうなるんだ?」
「その魂は滅ぼすしかなくなっちゃう。魂が冥界に行ってからどうなるかは知らないけど、滅びるって物凄く恐ろしい事なんだって。ジュレが言ってた」
しばらく歩みを進めると「まだ東」と言ってから「それでね」と続けた。
「かくれんぼの子の話。早く見つけてってどういう事かなって思って消えちゃったその子を探したんだけど全然見つからなくて。弟はそれ以来幽霊とかそういう怖い話が苦手なの」
「……その子供はなんだったんだ?」
「分からないの。でもね、あれは見つからなくてよかったんだと思う。今思うと、あれは悪いものだったから。子供の時の私に、そんな悪霊を祓うことなんて出来なかったし」
そして彼女は最後に「まだ多分お庭にいるよ」と言うので、自分が死者なのも忘れて一瞬背筋が寒くなった気がした。
「あ、ごめん、それだけ。特にどうってことじゃないの。なんとなく思い出しただけ」
「そ、そうか」
随分と煮え切らない話を聞いてしまい、なんとも言えない気分になっていると、またしばらくしてから彼女が口を開く。だが珍しくその口調は歯切れが悪い。
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