悪霊を送る

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「あったぞ。眼孔に矢が刺さった頭蓋骨がある。抜くぞ」  エクレールが矢に手を伸ばした時、その背中に「待って!」と声をかけた。  だが後ろを向いたままだったクローディアの呼びかけは一歩遅く、彼はその手に矢を掴んで引き抜いてしまった。  その途端、眼孔から黒いモヤが吹き出し蛇のようにエクレールの腕に絡みつく。  悪霊のおぞましくけたたましい笑い声が響き、クローディアを取り巻いた。 「エクレール! 惹き込まれないでエクレール!」  小賢しい悪霊たちは罠を仕掛けていたらしい。  助けてもらうよう誘導し、油断させる。強い魂の入った死体と、生命力と今は珍しい魔力のある女の身体、どちらも一度に憑こうとしたようだった。  急いで祭壇に戻らねば。  クローディアはまず自分の身だけでも守らねばと、祭壇に向かって走り出す。  だが悪霊がそのまま見過ごすはずはなく、強い念によっていばらの蔓を操ると、彼女の足元を攫い足首を捕えることに成功した。 「きゃあっ」 「クローディア! クソ、何かが俺の意識を上書きする」  蛇のように絡みついたモヤは、あっという間に骨の中に染みこむように消えて行った。  入り込んだものの記憶なのか、死の場面が強烈に脳裏に閃く。  飛んで来た矢が目前に迫り、感覚に激痛の記憶が走る。  これは俺の記憶じゃない。  自分に言い聞かせ痛みの世界から戻って来ると、クローディアが足の蔓を取ろうともがく姿が見えた。    また脳裏に閃くものがある。  矢が抜けず、動けない自分。  顔の半分を襲う焼かれるような痛みに震え、残りの目で見たのは死に逝く仲間。彼はヒューヒューと息をしばらく漏らしていたが、矢の生えた男を見つめたまま絶命した。    あと少しで俺もああなる。  いやならない、これは俺の記憶ではない。  足元からせり上がるような恐怖から意識を浮上させると、憑こうとする悪霊を平手打ちのように払うクローディアの姿が見えた。  普通ならそんな行動したところで何の意味もないが、彼女の一撃には悪霊に対しそれなりの効果があるらしい。  払われた悪霊は消滅こそしないが、怯んだ様子が見て取れた。 「今、行く……」  身体を巡る悪霊が、なんとかエクレールの精神を支配し、乗っ取ろうとしているのが分かる。  彼はここでふと、手にした剣が祝福を受けていることを思い出した。 「この身体はクローディアが俺に与えてくれたもの……誰にもやらん……」  剣を動かないよう、地面に深く突き刺した。 「死ぬのは怖いか。俺は毎回腹をくくる。今日が最期だと戦場に立つ……」  ぐらりと身体を揺らし、その剣の前に立つ。 「不憫だがお前は弱いから死んだ。弱いからそんなものに成り下がった……」  左手を振りかぶる。 「さっきから煩い……俺はクローディアの護衛……貴様の恐怖なんぞに支配されん!」  剣に向かい、左手を叩きつけた。  肘から下の骨は砕け、手首から先の骨は四散した。  驚いて出てきた悪霊を、今度は剣を抜いて一振りすると叩き切ってしまった。  姿無き悪霊の声無き声が脳裏に響くと、そこにあった黒いモヤは消え空気が軽くなった気がした。
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