悪霊を送る

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「彼らの悲しみを肩代わりしてあげるとね、ちゃんと冥界に行けることがあるの。でも消滅させちゃったらどうやっても冥界には行けなくて。滅びるのは恐ろしいことだって、さっき言ってたのと同じ。祝福された剣で消してしまったからもう意味はないのかもしれないけど、それでも送ってあげたくて」 「俺が消してしまったから彼らは死より恐ろしい目に遭うという事か?」 「分からない。死後の世界なんて、生きている人間には分からないよ。分からないから怖いんじゃないかな、みんな」 「すまなかった。配慮が足りなかった」 「ううん、しょうがないよ。エクレールが連れていかれなくてよかった。そんな怖い目にあなたを遭わせるなんて嫌だもんね」  涙に濡れたままクローディアが微笑む。  その涙を拭いてやりたかったが、彼にはハンカチなどという持ち合わせはない。  指先でそっと拭いたくて、その手が堅い骨であるのを思い出す。  それでもどうしても涙を消したくて親指でなぞれば、ふっくらした彼女の頬の感触が骨の身体にも分かった。 「ふふ、ありがとう。でも痛いよ、その指」 「重ねてすまない。俺は今心底生きた身体が無い事を悔やむ」  彼は少し前と全く逆のことを言った。  その変わり身の早さがなんだか面白くて、クローディアは笑みを深めた。  そして袖で豪快にぐいっと涙を拭うと、エクレールの左腕を手に取る。 「これ、直るかしら?」 「直すにしてもものが無いとな……」  それから二人して左手の残骸を探す。  指先のパーツは小さく、落ち葉の隙間に隠れた物を探すのは大変だった。  砕けた腕の骨も可能な限り見つけ、もうこれ以上はないかな、と思った時には二時間近く経過していた。  彼女の持った小さな巾着の中は骨で一杯だ。  砕けた腕の骨を集めはしたものの直らないかもしれない。シャンピーだって折れたあばら骨を投げ捨ててしまっている。 「さあ、帰ったらパズルよ」  そう意気込むクローディアを馬に乗せると、手綱を右手に絡ませてから彼女の腰を抱く。  どうも馬に乗るのが下手なようで、支えていないとどこか彼女は不安定だった。  赤子の作り方の話をしたせいか、それとも悪霊に彼女を連れていかれると思ったせいか、はたまた彼女の涙を見たせいかは分からない。だが来た時よりも、ずっとしっかりとその細腰を抱く腕に力を込めていたらしい。  「どうしたの?」と聞かれ力が入っていることに気づいたが、彼は片手がないことを理由に緩めようとはしなかった。    自分が死体である事実は、今は目を向けないことにした。
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