心に灯る

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「彼女は?」 「……人恋しいのよ。幽霊を還したり悪霊を祓った時はいつもこう。彼らの悲しみを肩代わりして、その悲しみの余韻を引きずってしまうの。でもそれをあの娘は義務だと思っているのよ。酷よね」 「人恋しいとは言え……どこに行くと言うのだ」 「生きているってのは、つまり体温があるってことよ。私たちにはそれがない。私が見せかけの肉を纏ったところで生きているわけじゃないわ。ここで彼女以外に温度のあるものって、ひとつしかないでしょ」  エクレールはクローディアの消えた小屋の裏手に目をやった。 「馬小屋か」  ここでクローディア以外の生き物はこの馬しかいない。町へ買い物に行くこともあるので、そんな時にこの馬は利用された。 「そう。馬を撫でて、お話しして、温もりを得たら戻って来るわ。気になる?」  華奢な身体に死者の想いを背負ったうら若い娘が、悲しみを紛れさせる相手が馬しかいないなど、気にならないわけがない。  しかも日中、彼女には悲しみの気配などどこにもなかったのだ。  夜一人になるまでじっと心の奥底で耐えていたというのか。   「気になるなら見て来れば? 私は止めはしないわ。邪魔をしたくないと思うならそのままにしていればいいし、自分に何かできると思うなら行けばいい。ちなみにシャンピーはいつもあの通り。死者が生者に出来ることなんて限られているのよ」  シャンピーの座る位置からはクローディアが見えただろう。  だが彼は相変わらず同じ位置に同じ格好で座っていた。  彼は邪魔をしないという選択を最初からして来たようだ。  エクレールは別の選択をした。 「邪魔なようだったら戻る」  そう言うと馬小屋へと向かった。 「あなたなら出来ることがあるかもしれないわね」  ジュレの呟きは彼には届かず、静かに部屋に戻った。 「ねえマロン、撫でていい? 馬っていつ眠るのかしら? あなたっていつもそうやって立ってるの?」  馬を前に、クローディアは手を伸ばしたり引っ込めたりしていた。  いつも温もりを感じたくてここに来るのに、いざ撫でるまでにはかなり時間がかかる。  実は子供の頃に父に馬に乗せてもらった時、うっかり馬の背後に入り込み蹴られそうになったことがある。  あれは自分が悪かったし馬のことを嫌いにはならなかったが、どうしても苦手意識が拭えない。  それでも死に触れ悲しみの抜けない自分に、生きていることを教えて欲しくてこうしてやって来ると、しばらく葛藤してからやっとその鼻筋に少しだけ触れるのだ。  つぶらな瞳の馬は、城を出る時に一緒に来てくれた馬。本当は別の名だったがここに来るときに彼女によって“マロン”と呼ばれるようになった。  父自ら選んでくれた一番気性の優しい馬だ。  栗毛の身体に、金のたてがみ。たてがみは少し自分の髪と似ていて、本当は仲良くしたいのだが「ブヒン」と鼻息を荒くされると怖気付いてしまう。  もう一度そっと手を伸ばした時、後ろから白い手が伸びて自分より先に馬の鼻面を撫でた。
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