心に灯る

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「眠れぬのなら少し馬に乗るか?」 「でもマロンは眠くないの?」 「人間の睡眠のとり方とは違う。軍馬だって夜間行動を共にすることがある」 「そうなの……じゃあ少しだけ」  鞍を付け彼女を引き上げる。  横抱きにした彼女は夜着に裸足で、まるで寝所から強引に攫ってきてしまったような気になって目を逸らした。だが少し馬を進めてからそれでは寒いことに気づき、彼は自分のマントを外すと彼女を包み込んだ。 「ありがとう。どこに行くの?」 「森の中というのも味気ないだろう。せっかく月が綺麗なのだ。少し外を走らないか」 「なら町に行く途中の丘はどうかな? ここから西に行くと森から出るから、そのまま進むと見えるの」  エクレールが言われた通りに馬を進める。  やがて見えてきた森の出口を抜けると、彼は一層スピードを上げた。 「怖いか?」 「ちょっとだけ! だってあなた、左腕がないんだもの!」  今エクレールは両手で手綱を握ることなく、右手に絡めたままクローディアの身体を支えている。 「細かな手綱さばきが必要な場所でもないからな。足だけでも十分この馬は応えてくれる」 「マロンて賢いのね!」 「ああ」 「エクレールって乗馬が上手なのね!」 「そうらしい」  剣も乗馬もかなり訓練を積んだ気はするが、それがいつどこでとなるとよく分からない。だが生前身体に刻んだ技は魂に引き継がれていた。  やがて馬は小高い丘の上までやって来る。  明るい月と星に照らされた丘陵地から臨めるのは、遠くにある大きな町と、その反対側にある見えない国境線だ。 「あの黒い塊が森よね。その向こうがエーノルメ。地図でしか見えない国境線て、誰が決めたのかな?」 「昔からの支配者たちだな。今の国境線が決まったのは約五百年前に現エーノルメ王朝に繋がるエーナ族が支配してからだ。細かく分裂していた豪族を纏め、今の国の元となるエーナ王朝が始まる。その後内乱と戦争を繰り返し、三百年前頃に平定したのがエーナ王朝から派生したエーノルメ王朝。今の王の祖先だ」  クローディアが感心したような顔で見上げている。口をぽかんと開けているのは間抜けと言われてしまいそうだが、彼女がすると愛らしさしかない。 「詳しいのね。教師みたいなの」 「当たり前だ、このくらいエーノルメ人の……なんだ? 俺はエーノルメ人の……?」  馬上で悩み始めた骸骨の騎士は、頭を押さえるような仕草をして、左腕がないことを思い出した。  だが言おうとしたことがなんだったのかは思い出せず、彼は国境の方を見つめた。
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