心に灯る

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 小屋に戻るとシャンピーの姿はそこにはなく、中にジュレがいるだけだった。  クローディアをそっとベッドに横たえてやると、マントを取り毛布をかけてやった。  今の寝顔は実に安らかで、さっきまで悲しみに囚われていたとは思えない。  エクレールはふわふわに広がる髪を一度だけ撫でると、小さく溜息をこぼし立ち上がった。 「寝かしつけお疲れ様」 「いつも彼女は一人で悲しみに耐えていたのか」 「そうよ。健気で可愛いでしょ。なのに強い。幼く見えるのに、誰よりも死を経験し、誰よりもまっすぐ死と向かい合う。負う必要のない悲しみまで背負い、一人で抱えていてもくじけない。だから、ね?」 「だから?」  ジュレは何もかも見透かしているようだった。  そのくせジュレの腹は見えにくい。こういう女は何か企んでいそうで苦手だった。 「だからでしょ、好きになっちゃった?」 「不毛な」  だが彼女は「仕方ないわよ」と言う。 「何が仕方ない」 「だってあなた、生きているもの」  返事をするのにかなり間が空いた。  ジュレの言葉の意味を反芻し、どういう意味か考える。  だが言葉以上の意味は分からなかった。 「どういう意味だ。ならばなぜ俺はこんな身体なのだ」 「自分で気づくかなと思ったのだけど、あまり悠長に待ってもいられないから。あなたはね、死んでない。どこの誰かなんて知らないけど、私からすれば死者の魂と生者の魂は全く違うもの。あなたは生霊。うっかり身体から抜け出しちゃって、そのまま迷子になったのよ」 「つまり俺の本体はどこかで生きているということか?」 「そう。でもこのままじゃ死んじゃうわね。どんどん魂が死に近づいているもの。それでも構わないならクローディアの傍で永遠に届かない恋をしていればいいし、記憶を投げ捨ててでも生き返って彼女を探すってならそれでも構わないわ」 「俺の本体はどういう状態なんだ?」 「さあ……あなたがここに来て三日……いえもう四日目? 誰も管理していないなら本体の命が尽きているわよね。恐らくあなたの本体は誰かが生還を祈って世話をしている。でもそうね……あと一週間もすれば本当に死を迎えられるわ。苦しまずにね」  エクレールが自分の記憶をひっくり返す。  どこで死んだと思ったのか、いつ魂が抜けたのか、本体はどんな身体だったか、何か手がかりになるもの。自分はどこの誰で、何者なのか。 「生き返るのなら早い方がいいわ。本体にダメージが出る前にね。私なら方法を知っているし、クローディアならそれを実行する力はあるはず。あとはあなたがどうしたいかよ」 「記憶を投げ捨てるというのは?」 「死体に入る時生きている時の記憶を持ち越せなかったでしょ? 反対も同じよ。死者だった時の記憶は持ち越せる保証はない。普通は忘れるし、運が良ければ……まあ期待はしないことね」  エクレールは眠るクローディアを見た。  このままずっと傍にいてやりたい。  自分の恋心はさておき、彼女を守り続けたい気持ちは大きい。  だがそれでは彼女の命の危機は防げても、心を癒してやることは出来ない。  彼女は「あったかい」と言ったが、本当に彼女が欲しいのは命の温もり。  死体でいればそれは永遠に叶わず、優しいクローディアをいずれ追い込んでしまう気がする。
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