死の森の少女

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死の森の少女

 ふわふわの飴のような髪に、新緑の瞳。  人形のような愛くるしさを持つクローディアの隣に立つのは、しかしながら今日も白骨死体の剣士だった。  森の中で完全に朽ちていたその死体は、「護衛がいた方がいい」と言うジュレの勧めで二番目に呼び覚ました死者。最初に呼び覚ました死体は、一年ほど一緒にいてもらった後、自分が死んだ理由を思い出し死後の世界へと旅立ってしまった。  ちなみに外側の死体と、中の魂が一致しているわけではない。  器にできる死体の中に、クローディアの呼びかけに反応した魂が入っているので、体の持ち主と入っている魂は別人である。  死体は恐らく森に迷い込んだ兵士の成れの果て。身の回りに残っていた品に鎧や剣があったから。使い物にならないそれらは捨て置き、彼にはクローディアによって新しい剣と、革の鎧が着せられている。彼女曰く、骨だけのままだと「寒そう」だからだ。  国境沿いにあるこの森は天然要塞。  鬱蒼としていて、フィルディ王国の人間も簡単に入ろうとする者はいない。  長い戦争の果てにさ迷う魂も多く、生きた人間が入ろうものならたちまち方向感覚を狂わせる。  悪霊に出くわせばどんなことになるのか……だがクローディアにはそんなことも無縁だった。  大昔に大干ばつに見舞われた時、この泉だけは枯れることがなかったことから“神秘の泉”と呼ばれる、今はもう誰も踏み込むことのない泉の傍で暮らすクローディアは、骨の剣士と共に馬に乗った。骨の腕がしっかり抱えてくれていたが、その乗り方はどこか危なげだった。  ブヒンと一声鳴いたこの馬も、その肉は朽ち落ちて骨だけ。尻尾とたてがみだけはふさふさなのが不思議だ。 「クローディア様、どちらへ?」 「また斥候が森に踏み込んだみたいなの。森の外れには砦があって邪魔だから、きっとこの森から侵入出来ないか探っているんでしょうね。追い返してやるわ!」 「間もなく日没です。お早目にお戻り下さい」 「もちろんそれまでには戻るよ。ねえ、今日のデザートは何?」  馬上から目を輝かせてそう聞くと、城を出る時に唯一ついて来てくれた使用人のジュレは「リンゴのパイです」と答えた。 「ただし夕食の人参を召しあがって頂けたらお出しします」  ぴしゃりと言われ、クローディアは眉間に皺を寄せる。  だが結局デザートの誘惑の方が大きかったらしく、彼女は「頑張る」と言うと手を振った。 「ジュレ、行ってくるね」 「お気をつけて。シャンピー、頼みましたよ」  見つけた死体にキノコが生えていたから、と言う理由で付けられた名前。シャンピニオンのシャンピー。彼は骨の頭で頷くと、馬の腹――そこは何もない空間だが――に軽く足を当てクローディアと共に薄暗い森の奥へと消えた。  ジュレは真っ黒な眼孔でそれを見送ると、夕食の準備のために小屋の中へと戻って行った。
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