眼孔が見つめるもの

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眼孔が見つめるもの

「報告せよ」  エーノルメ王国の国王、ギュエルは広い食堂で一人朝食を摂りながらここ数日日課となった報告を聞く。  内容は息子であるエルキュール王子の容態。  ギュエルの命によりエルキュール王子は隣国フィルディへ向かう。  王の「砦攻略の道を拓くまで戻るな」の言葉に従い、亡霊が出るとの報告が絶えない死の森のルートを開拓し、本隊と示し合わせて挟み撃ちにする作戦だった。  元々王子はこの策には反対。そもそも制圧の見通しのないまま帝国主義を掲げ侵略を開始した父の行動そのものが許せないでいた。  息子と言えど、将来この国を背負う跡継ぎと言えど、王は容赦がない。  勇猛果敢で数々の戦果を挙げている息子は王にとっては重要かつ体のいい駒だった。  万が一彼が戦場で散ったとしても、跡継ぎなんぞいくらでもこさえてくれればよい。  それなりの血筋の若い娘などまだいくらでも囲える。  それよりも自分が在位中での周辺三国の支配。それが彼にとって最重要だった。  しかし息子が懸念した通り、侵略は最初から躓く。  まずは小国フィルディを、と六年前に本格的な侵攻を開始したはいいが、彼の国は少数精鋭によるゲリラ戦術が巧みで、その上大国エメデュイアとの結びつきが強かった。  一か月のうちに制圧し、属国として……と王が描いた予想図は最初から使い物にならなくなった。  「戻るな」と言ったはずの息子は、作戦開始三日目にして戻った。  眠ったままで。  報告によると、死の森で噂通り亡霊と不死者の兵に遭遇。  全滅を回避するために王子が一人囮となり隊を逃がす。  王子の安否を野営地にて心配していると、しばらくして陣に一矢射られた。  飛んで来た方角へ偵察隊を出すと、なんとそこには意識を失ったままの王子が倒れていたのだ。  彼らは急ぎ王子を本国へと運んだが、医者も誰も王子の回復をさせることは叶わなかった。  本当にただ眠っているだけのように見える王子。  だが確実にその命は削れているようだった。  医者の見立てでは、このまま起きなければあと十日ほどで緩やかに死を迎えるだろうとのことだった。  王に報告を告げる兵士は、昨日と変わらぬ内容を報告した。 「未だお目覚めの様子はございません。脈はあり、呼吸もございますが意識は戻っておりません」 「ふん」  息子の容態を、王は鼻を鳴らしただけで聞き流すと口の中の肉片をワインで流し込んだ。 「引き続き最善を尽くせ。王子は戦の駒としても政治の駒としてもまだ使える」 「はっ」  実の息子を駒としか見ない、なんと冷徹な王かと兵は思った。  思ったが口にすることは絶対になく、彼は頭を垂れると部屋を後にした。 ガシャン  ガラスの割れる音と共に飛び散る破片と赤ワインの飛沫。  王はなかなか思い通りに進まない作戦に苛立ったようだった。  王子は使えず、兵は疲弊。軍資金は想定より早いペースで減り、昨年の不作を受けて糧食の確保が難しくなってきている。  さらにフィルディとは自国を挟んで反対側にある新興国オロール王国が勢いづいて、きな臭い動きをしている。  何もかもがうまくいかない。 「ええい! どいつもこいつも不甲斐ない! 誰一人功績を上げる者がおらぬとはどういうことか!」  控える兵は皆一様に思っただろう。  そもそもの作戦が無謀なのだ。  そんな行き当たりばったりの欠陥作戦など、誰が達成できようか。  だが王の魂胆は違う。  ここはひとつ、なんとかフィルディだけでも潰したい。  彼の国もかなり疲弊しているはず。  たたみかけて一気に潰し、属国として使役してやる。 「兵を集めよ。フィルディに集中させ一気に潰す。森を焼き、砦を落とし、その勢いのまま王都を占領する」 「恐れながら陛下、今全軍をフィルディに寄越せばオロールが何をするか分かりません。むしろ今危険なのはオロール。フィルディは攻め込まなければこちらに手出しをするほどの余裕はございません」  家臣の一人が命をかけて異を唱える。  これまで無謀な作戦を止めることが出来ないままこの泥沼の状態まで来てしまった。  兵だけでなく民もこの冬飢えてしまうかもしれない状態。  王子も昏睡の中、これ以上王の暴走を放っておけば国が亡びる。   「ならばその余裕のない内に制圧すればよかろう!」 「制圧するとなれば今や全軍を動かしても足りないかもしれませぬ。陛下、どうかフィルディとは再び停戦協定を。そしてオロールへの警戒を高め、国力を回復――」  彼は言葉の途中でドサリと倒れ、食堂の床に血を広げていった。  彼の魂の叫びは国王には届かず、それどころか逆上した王によって有無を言わさず切り捨てられてしまった。  この国は終わる。  その場にいた兵士が皆そう思った。 「兵の半分をフィルディ側に。森に火を放て。やつらが右往左往している間に、砦を陥落させろ」  一同、御意と返事する他なかった。  その中に、たった一人だけその状況をニヤニヤと見る男がいた。  若いこの男はこの国の兵ではない。  王に個人的に雇われた、暗殺、密偵、隠密なんでもござれの危険な男。  彼は自分が楽しく稼げればそれでいいので、国が興ろうが亡ぼうがどうでもいい。   「フォンセ」 「なんでしょう」 「フィルディを探れ。なんでもいい。いざと言う時に切り札となるような何かを」 「ギョイ」  忠心の欠片もない態度でその男は答えると、ふっと何処かへと消えてしまった。 「必ず、必ずや支配を」  怒りの形相の王に、残された使用人はただ震えるしか出来なかった。  
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