エクレール隊

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「数がかなり多い……エーノルメの兵の半数ほどが攻めて来たのか?」 「エクレール、すっごい詳しいね」 「そう……だな。いや今それはいい。投石器と弓兵の数、そして油となると森に火を放つのでは?」 「そんなのだめ! この森は要塞ってだけじゃなくて、フィルディの自然にも沢山影響があるの!」  エーノルメもそれは分かっていて、だからこそ今まで燃やすことはしなかったのだが。   「エクレール、一度小屋に戻って。供物が足りない。もっと沢山死者にお願いしなきゃ!」 ――シャンピー隊長が死体を発見、東端に合計二十体有り。 「シャンピー、いつの間に隊長になっちゃったんだろう。シャンピーには他の場所も探してってお願いして!」 ――了解。  その間にも馬を飛ばし、小屋に到着するとエクレールと共に大量の供物を祭壇に運び込む。 「私はここから死霊兵を作るわ。みんな、シャンピーが見つけた死体の位置をどんどん教えて。ここからなんとかしてみるから」 ――クローディア隊長、先程の位置からさらに南に下り、五体発見。 「私も隊長になってた!」  祭壇にあれこれ供物を並べるクローディアが作業の手を止めぬまま驚いた。 ――敵兵に新たな動き有り。隊が分裂しました。こちらには計五百ほど。残りは砦方面へと進軍しています。 「……陽動か。森に火を放ち砦の兵の気をこちらに向け、ガラ空きの砦を攻略するつもりだ」 「大変! ねえ、誰かシャンピーと一緒に砦に向かって! こちらとの連絡係になってくれない?」 ――了解。 「こんなに沢山一度にやるのは初めて……しかも遠隔から……でもやるの。フィルディの危機だもの!」 「俺はどうする?」 「私は多分ここから動けなくなるの。だからエクレールは死霊兵の指揮を執って。私戦のことは分からないから、全部お任せするの」 「今回も脅しで終わるわけではあるまい?」 「……うん。でも殺すのは嫌……。ねえ戦争で刃を向けて、誰も死なないでって言うのは変なこと?」 「真に愚かなのは戦争を始めた者だ。命を重んじ、死の傍にある君がそう思うのは何も変じゃない。変なのは、兵の命を数でしか見る事の出来ないエーノルメの王だ」  立ち込める香の香りがそこだけ清浄な空間を作り、その中心にいるクローディアには神聖ささえ感じた。  彼女は一瞬だけ不安そうな目を向けると、彼の手をぎゅっと握った。 「大事な魂に傷を付けられないでね」 「当然だ。……クローディア、一人にして平気か?」 「……ちょっと怖いけど、ここまで敵兵が来るわけでもないし。そうでしょ?」 「君は強い」  エクレールはそう言うと彼女が放そうとした手を掴み直し、柔らかな肢体をほんの一呼吸の間だけ抱きしめた。  固い肋骨の胸に抱き留められたクローディアは、その一呼吸をするのを忘れてしまったが、すぐに解放されると彼はもう馬上の人となって駆けて行ってしまった。   「エクレール……みんな……一緒に頑張ってね」  こうして、クローディアがこの森に来てから一番の戦いが始まろうとしていた。
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