エクレール隊

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 昼間でも黒い死の森を前にして、エーノルメ軍は得体の知れない空寒さを感じながら陣を広げた。  等間隔に並べた投石器は全部で八基。  さらに弓兵も配置につき、指令を待つだけになっていた。  この時森の前に配備された兵の総数は五百人ほど。残りの兵は途中で分かれ、砦の奇襲部隊として隠れて待機していた。  当然この動きは優秀なクローディアの偵察部隊によって全て把握されている。  既にシャンピーのよって奇襲の連絡を受けたアンクレー伯爵が戦闘準備を始めているだろう。 「陛下、襲撃部隊配置に着きました」 「よし。日没まであといかほどだ」 「もう三十分もすれば沈みます」 「日没と同時に森を焼け。砦がこちらに気を取られれば本隊の奇襲が始まる。余は焼け落ちた森から国境を越えヤツらの領土から堂々砦に入城してくれる」  王は不敵に笑うが、兵士たちは誰も昂揚していなかった。  正体の分からない気配に気圧され、弓を持つ手が震えていた。  兵士の影が長く伸び、やがてそれが薄れて行く。  太陽がすっかり地平線の下に沈むと、王は命令を下した。 「火を放て」  投石器と弓から放たれた放物線を描く火の塊を見て、エクレールは「愚かな」と呟いた。  彼の後ろには全部で四十体の死霊兵が待機している。  以前にもどこかで兵を従えていた気がする。  彼はうっすらとした記憶の断片と今の状況を重ねると、その手を挙げた。 「攻撃の手を無力化するぞ。可能な限り殺すな。……突撃せよ!」  手が振り下ろされ、エクレールを先頭に死者の部隊が一斉に動いた。  急ごしらえの死霊兵の装備は朽ちた鎧と拾った太い枝による棍棒。  完全白骨の者もいれば、まだ腐った肉を付けている者もいた。  だが時折流れて来る火矢が当たってももろともせず、それによって歩みを遅くすることもなく一直線に弓兵に立ち向かう。  宵闇の中から迫る謎の軍勢に気づいた兵の一人が声を張り上げた。 「敵影! なんだ!? 騎兵が一騎と歩兵が四十ほど、こちらに迫っています!」 「森に配備された兵の報告などなかったぞ!? 第三弓部隊は敵兵を狙え! こっちは五百いる! 四十など相手ではない!」  指令を受けた第三弓部隊の照準が迫る敵兵へと向く。  一斉に火矢が放たれると、彼らはようやくその正体に気づいた。  飛び交う火矢に照らされた騎士の顔は、髑髏の面。その後ろに続く歩兵にも表情はなく、あったとしても見ただけで腐敗臭の漂う死体。  比較的まだ綺麗な鎧は自分たちが着こむものと同じ。  かつての同胞が、死んでも死に切れない恨みでもって襲いかかって来た。
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