エクレール隊

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ぎゃああああっ!  誰が最初に上げたか分からない悲鳴が響くと、それはあっという間に陣を混乱に陥れた。  火矢が当たっても敵は倒れず、燃え移った火は淡々と手で払われる。  先頭の騎士に至っては矢を当てることも出来ず、皆持っている長大な剣でもって叩き落されてしまった。 すまない! すまない! 俺じゃない! 悪かった!  そんな声があちらこちらから聞こえ、一体誰に何の謝罪をしているのかも分からない。  分からないが、彼らは必死に死体に向かい犯してもいない罪を懺悔すると、散り散りになってしまった。  作戦を実行しようとする者と逃げたい者が入り混じり、部隊は機能しなくなる。  死体によって投石器は破壊され、弓の弦は切られてしまった。    最後方にいた王は、周囲を騎士に守らせたまま茫然とそれを見る。  最良の命令も下せないまま、彼は気づけば骸骨の騎兵に優美で巨大な剣を突きつけられていた。 「今エーノルメの王が俺の目の前にいる」 ――エーノルメ王、エクレール将軍によって追い詰めました。  シャンピーとクローディアは隊長扱いだが、どうやら死霊の間ではエクレールが死霊軍の最高司令官らしい。  幽霊から報告を受けたクローディアは、そのまま逃がさずに待機するよう伝えてきた。 「貴様……貴様も元エーノルメの兵ではないのか」 「俺は現役でエーノルメ兵らしい」 「余を忘れたのか!? 貴様らの主君ぞ!」 「忘れるわけないだろう。お前のせいでどれほど無駄死にが出たと思っている。臣下の進言も聞かず、無意味で無謀な作戦ばかり。何が平和の礎だ。反吐が出る」 「誰だ……貴様は誰なのだ……」  王は馬上で微動だに出来ない。  剣を突きつけられているだけでなく、その周囲を何かが取り囲んでいるのが気配で分かった。  冷たく、腹の底から湧き上がる嫌悪感。  王を睨む幽霊の目は良い感情を持っているとはとても思えなかった。 「余、余をどうするのだ……」 「さあな。俺はただお前を追い詰めたまま待機するよう言われている。今のうちに死んだ者たちへの詫びでも考えておいたらどうだ」 ――砦の敵兵、アンクレー伯爵により制圧完了。と言うより、ほとんどが逃走しました。 「陽動は失敗だ。砦は落ちない」 「な、なぜ……なぜ我らの策が分かった!」 「どうしてだろうな?」  王は見た。  骸骨の騎兵の背後に揺れる、自分を恨みがましく見つめて来る膨大な数の幽霊を。    ()り殺される。  死よりも恐ろしい何かが待っている。  いっそその剣で殺してくれ。    手綱を握ったまま固まる王の手も、(あぶみ)にかかる足も、黄ばんだ歯も、どうやって震えを止めるのかが分からなかった。
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