エクレール隊

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 三十分後、エーノルメ王の姿は砦の謁見の間にあった。  客人としてではない。  彼の体には縄がかけられている。 「このような形でお会いするのではなく、私はあくまで平和の(うち)にお会いしたかった」  そう声をかけたのはクローディアの父、フィルディ王。 「こうなった以上、お主の運命はどうなるか分かっておろう」  エーノルメ王は返事をしない。  血走った目でフィルディ王を睨み、今度は恐怖ではなく怒りで身を震わせている。    こんな小国に。  こんな平和主義の腑抜けに。  余は、余はなぜ膝を着いている。 「随分と互いの兵を死なせてしまった。お主一つの命で終わるのなら、それが最善と思わぬか」  ギリリと噛みしめたエーノルメ王の唇から血が滴った。  こんなはずではなかった。  こんな所で終わるはずでは。  まだ一国も支配していない。  余の帝国はこれから築かれるところだったのだ。  フィルディ王がエーノルメ王の運命を告げるため口を開こうとした時だった。 「処刑はさせないよ、フィルディの王サマ」  場違いなほど陽気な声が聞こえた。 ・ ・ ・  アンクレー伯爵がシャンピーらと共に敵を制圧し、エクレールがエーノルメ王に剣を突きつけた頃。  森の中で一人、死者の大軍を操ったクローディアには、危機が訪れていた。  祭壇にもたれかかる彼女の体は尋常ではないほど冷え、呼吸はほとんどしているのか分からない。  開いた目はどこを見ているのか分からない。  だが彼女はあるものを見ていた。  冥界の、荒涼たる大地を。  腐敗した空気。  熱気が地から吹き出し、赤黒い大地には生がない。  枯れた木に見えるのはミイラ化した人間かもしれない。  足元の泥は、屍漏かもしれない。  舞い飛ぶ砂は、崩れ去った白骨かもしれない。  なんて恐ろしい。  なんて寂しい。  なんて虚しい。    気力が削がれ、死の空間に引き寄せられる。  この哀しい世界に、永遠に閉じこもってしまいたい。  死者の軍勢を操ったクローディアは、あまりに冥界に近付きすぎ死に誘われようとしていた。  エーノルメ王が捕らえられた直後、急に幽霊部隊が消え、死霊兵が崩れ去ったのを見たエクレールは、急激に込み上げた焦燥感に追い立てられ森の中を疾走した。  嫌な予感しかしない。  クローディアに何かあったに違いない。  彼が祭壇に辿り着いた時、そこには僅かに香の匂いが残るだけで、クローディアの姿はなかった。  あれだけの死を操って、この祭壇から安易に動くとは思えない。  術が終わったのなら、もっと手順を踏んで祭壇が片付けられているはず。  何より黙って彼女が消えるはずもない。 「クローディア!!」  焦りに名を叫んでも返事はなく、夜の森がわずかに葉を揺らしただけだった。
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