エクレール隊

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――と り で  葉のざわめきの間に、僅かにそう聞こえた。  霊の残留思念なのか、エクレールはその言葉に馬首を巡らすと、生きた馬にはあり得ないスピードで砦へと向かった。  砦で保護されているならそれでいい。  だがそうではない気がする。  フィルディ王によってエーノルメ王が連行され、全てフィルディ側が優位に進んでいるはずなのに、クローディアの身にだけ何かが起きている。  そう感じた。  シャンピーは。  ジュレは。  彼らはクローディアの傍にはいないのか。  砦に辿り着いた彼が見たのは、縛られたまま狂ったように笑うエーノルメ王。  そのエーノルメの王を捕えている立場でありながら狼狽えるフィルディ王。  アンクレー伯爵も兵士も動けずに見守る先には、あのエーノルメ王が遣わした密偵フォンセが意識の途絶えかけているクローディアを抱く姿。 「クローディア!!」 「おっとまた死体だよ。見れば分かるでしょ動くなよ? 俺はまだエーノルメの王サマから半分しか報酬を貰ってないんだ。このまま死なれたら困るんでね。王女サマを攫わせてもらったよ」  ナイフを手にした密偵は、やたら長い舌を伸ばすと虚ろなままのクローディアの首筋を舐めた。それでも彼女に動く気配はない。   「貴様ァ!!」 「動くなって。こんな無防備な首、かっ捌くなんて一瞬だからよ」  男が手にしたナイフが柔肌に食い込み、その先端から赤いものが滲み出た。 「やめろ……」 「あの死体の軍勢を動かしたのがこの可愛いオネーチャンなんだろ? 幼気な顔してるくせにやることはえげつねえな。お前もこのお姫サマに使われてるんだろ? 死者の報酬ってのはなんなんだ? 金か? それとも生前果たせなかった欲望のはけ口にでもしてるのか? 夜な夜な死体に犯される美女、たまんねえな」  そう言って動かないクローディアの胸元に顔を押し付け思い切り息を吸う。もう一度「たまんねえ」と繰り返す彼に、またエクレールが「やめろ!」と叫んだ。  若い娘の肌の匂いを堪能したフォンセが、そこでフィルディ王を振り返った。 「フィルディの王サマよ、つーわけでエーノルメの王サマは貰ってくぜ。この女は人質だ。俺たちの身の安全が保障されるまで連れて行く。気が向いたら解放してやる。壊れるくらい犯した後だけどな!」  逆上するエクレールをクローディアの首にナイフを突き立てることで牽制すると、彼はクローディアを抱えたままエーノルメ王の縄を切ろうとした。  だがその手がふと止まる。  半分ほど切ったとこで、何かに背後を取られた。  まさか。この俺が。  だが振り向いても誰もいない。    この死にかけた女、まさかまだ死体を操って?  だがここでそんなものに気を取られ捕まれば無意味。  何もしてこない気配を無視し、再び縄を切ろうとした時だった。
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