エクレール隊

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「ぐっ……あっ……かはっ……」  突然、男が苦しみ始める。  目に見えない何かに首を絞められているらしく、彼はクローディアを取り落すと喉元を掻きむしった。 「最期くらい俺も見せ場貰わないと」  そう聞こえ一同が辺りを見回す。  誰だか分からない声は、苦しむ男の傍から聞こえた気がした。 「こんな可愛いお姫様にお前何下衆いことしてんだよ」 「……シャンピーか?」  現れたのは一体の幽霊。  比較的はっきり見えるその姿は、今までの骨の姿ではない。  若い男の姿で、長い髪を後ろで結んでいる。  着こんだ鎧は傭兵団が使う軽装の胸当てで、背中に背負う剣も傭兵団が好む大剣。 「いやー。制圧したあとまたぼーっとしちゃってよ。今ジュレが渋々こうしてくれてる。もう俺完全に思い出したわ。名前はキノコじゃねえぞ、ジルだ。俺のために泣いてくれてるのは妹。三年前の戦いでエーノルメの傭兵として死んで、病気の妹に報酬を届けられないのを悔いていたんだわ。三年もだぞ? やっと俺の遺品と金が妹に届いたんだ」  そして男を苦しめたまま「早くクローディアを」と言い、エクレールが急いで彼女を抱き起す。  体は冷えて、目は虚ろ。  何を映しているのか分からない。 「名前を呼んでやってくれ。あんたの声なら届くだろ。今クローディアは半分冥界に足突っ込んでる状態だ。俺ももう逝くよ、コイツ連れてな」  そう言うと男を見上げる。  彼は首を締め上げられたまま足を浮かせていた。  縄をかけられたわけでもない首をいくら引っ掻いたとこでどうにもならず、彼は鼻血を噴き泡を吹きながら痙攣している。 「俺あんたに一つ謝りたいんだ」 「……?」 「あんたが誰か分かったよ。悪い、その状態にしたの多分俺だ。まあ許せ。クローディアが殺られちまうと思ったしな」 「なんのことだ?」 「いいから早く名前呼んでやれって。じゃあな」  その声と同時に、宙でもがく男の動きが止まった。  だらりと力が抜け、地面に崩れ落ちる。それからはもう動くことは無かった。  シャンピーの姿もまた消えていた。 「クローディア」  エクレールが呼びかける。  フィルディ王もまた娘に駆け寄り、その手を握った。 「クローディア、父より先に逝ってはならん」 「クローディア」  ただ名前を繰り返すだけの中に、エクレールの想いが詰まる。  こんなところで死んではいけない。  君は生き、またあのはつらつとした笑顔を見せなければならない。  菓子に喜び、花冠を作り、馬に怯えつつもその手で優しく撫でなければならない。 「クローディア」  彼女の目は、まだ冥界の荒野を見つめていた。
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