エクレール隊

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「……シャンピー……」 「クローディア。俺思い出したよ。だからもう逝く」  荒野にたった一人だったところに、若い男が現れた。  彼はもう一人若い男を連れていたようだが、それは荒れた大地に放り出されるなり黒い手に飲まれてもっと下へと消えて行った。 「だめ、シャンピー。あなたをこんな寂しいところに送れない」 「違う、クローディア。それは君が生きているからだ。俺にはここは春の野原に見える。あっちに道が続いていて、その向こうにもっと綺麗な場所がある」 「私と見えているものが違うの?」 「そ。だから心配すんなって。ちゃんと見送ってくれる約束だろ?」 「……うん。ねえ、死んだ人に“元気でね”って言うのって、おかしいかな?」 「さあ? でも俺は嬉しい。クローディアも元気でな」 「シャンピー……」 「あ、名前。俺はジル。ジル・ローレ。三年前おっ死んだしがない傭兵。断じてキノコじゃないぞ」  クローディアが割と気に入っていた名前は、すっかり否定されてしまった。  その様子にクローディアが寂しく微笑む。 「ジル、一緒にいてくれてありがとう。ずっとずっと元気でいてね」 「ああ。ありがとな。ほらもう行って。聞こえないか? クローディアを呼ぶ声」 「声?」 「ずっと聞こえてるはずだ。よく耳を傾けて」  そう言うとシャンピー改めジルは手を振って行ってしまった。  彼の姿は小さくなるより先に光に包まれ、見えなくなってしまった。 ――……ディア 「誰?」 ――…ローディア 「エクレール?」 ――クローディア。君の居場所はそこではない。 「うん、そうみたい。私戻らなきゃ」 ――そうだクローディア。戻るんだ。君が旅立つには早すぎる。 「クローディア」 「……エクレール」 「おお、クローディア……」 「おとうさま……」  エクレールの腕の中、クローディアはついに焦点を髑髏の面に合わせた。  消えそうになっていた呼吸が戻り、頬に赤みが差していく。  エクレールは「よく戻った」と言うと、愛おし気に体温の戻り始めた頬を撫でた。  しかしこの異様な出来事を前に、一同はとてつもないミスを犯す。  いつの間にかエーノルメ王の姿は消え、そこには切られた縄しか残っていなかったのだ。  だがフィルディ王は悔しがるでもなく、娘との再会を喜んだ。  エクレールはずっと彼女の傍にいたかったが、そっと身を引くと久々の親子の再会を見守った。  逃走に成功したエーノルメ王は敗走兵をかき集め、疾風の勢いで自国へと戻った。  以来彼は眠ることを恐れるようになる。  目を閉じると、あの幽霊の軍勢が襲ってくるのだ。  少々病んだ国王は自分の妄想を事実として国内に流布する。  フィルディが呪われた死霊使いを使ってエーノルメを騙し討ちしたこと、今オロールが勢いづいているのはそのフィルディに挟み撃ちを持ちかけられてのことだと主張した。    そしてその新興国オロール王国側に兵を集め牽制はするものの、フィルディに対してどう出るべきかは思いつかない。  意を決して和解を進言する臣下もいた。  今一体どちらが優位に立っているのだろう。  不眠で正常な思考の保てない王は、次の行動が取れないまま、フィルディの使者から和平交渉を持ちかけられる。  臣下は正直「願ったり叶ったり」と言ったところだが、復讐心だけは燃やす国王の手前黙っていた。だが王は内心幽霊軍団を恐れているのだ。  結局復讐の機会を望むより先に和解に応じることにした。    その時にはすっかり国王の妄想はエーノルメでは真実となっていた。 
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