想い出

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想い出

「エクレール、あなたを生き返らせてあげなきゃ」  あの死闘から一日置いて、クローディアは再び森の中にいた。  もう城へ戻らなければならないが、エクレールを還すのを理由に彼女は一日だけ戻って来たのだ。  クローディアの言葉に、エクレールは静かに頷いた。  だが彼女の次の言葉に凍り付いてしまう。 「私ね、エーノルメの王子様に嫁ぐことになったの」  普通なら、例えこれが政略結婚と分かっていても「おめでとう」と言わなければならない。  早く、早く言わねば。  妙な間が空いてしまい、結局その言葉を絞り出す前にクローディアが続けた。 「これから和平交渉が始まるわ。戦争なんて早く終わって欲しいから、これがずっと続くといいなって思う。だからそのためにね、私が嫁ぐんですって。お父様は、本当は嫌みたい。でも、国王という立場なら、やむを得ないって。私もそう思うの。私はフィルディの王女だから」  クローディアは淡々と話す。  恋がなんなのか分からない彼女が、キスを甘酸っぱいと信じているような彼女が、恐れる敵国の王子に嫁ぐと言う。   「エーノルメは私を人質に。フィルディは私をエーノルメの監視に。それぞれそんな思惑があるみたい。お父様はずっと謝ってて、お母様はずっと泣いてて、弟のクリスはずっと怒ってるの。だから私、自分のこと自分で悲しんでる場合じゃなくなっちゃった」  てへ、とでも言いそうな笑顔が返って痛々しい。  エクレールがやっと言えた言葉は言葉ではなかった。 「クローディア……」  悲痛な声に、クローディアが顔をくしゃっとする。  すぐに伏せてしまったが、泣きそうなことくらい子供でも分かるだろう。  突然クローディアがエクレールの首に縋った。  思わず抱きしめてしまうと、彼女は小さな声で「遠くに連れてって」と言った。  ああ、どこへでも連れて行く。  地獄の果てでも、空の彼方でも。  俺の命などどうでもいい。  君を連れ去り、いつまでも隠しておく。  だが彼女はただ最後に想い出が作りたかっただけのようだった。  王女の責務から逃れるような娘ではない。  そんなことは分かっていたはずなのに。 「遠くに連れてって。フィルディでの最後の思い出が出来たら、そしたら私、あなたを還して、自分も王宮に帰るから」  エクレールは絞り出すような声でやっと「ああ」と答えた。  王族としての義務を果たそうとする彼女に、攫って欲しいのかと一瞬思った自分を恥じた。
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