想い出

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 ジュレがお菓子の入った籠をくれた。  クローディアはそれを大事に抱えたまま、エクレールの操る馬に乗せられる。  飛ぶように過ぎる景色はちょっとだけ怖かったが、それを分かっているエクレールはいつも以上にしっかりと抱いていてくれた。 「このまま行くと海に出るはずだ」  風に負けぬよう張り上げた声に、クローディアは胸を躍らせた。  海は見たことがない。  話に聞いただけで、色もにおいも音も、言葉だけで想像するのは難しかった。 「私海は初めてなの!」 「そうか。俺は何度かある。船にも乗ったことがあるな。三本マストの帆船で、海豚が共に泳いでいた」 「海豚? それってなあに? 魚?」 「魚とは違うな。愛嬌のある比較的大きな生き物だ。なかなか口で説明するのは難しいな」 「見られるかしら?」 「沖合でなければ難しいかもしれんな」  やがて遠くにキラキラ光るものが見えてきた。  近づくごとにそれが大きくなり、弧を描く水平線と空と海が彼女の視界に広がった。  「わぁ……」と言ったきり言葉もなく見入る。  やがて馬は切り立った崖の傍に止まった。 「風の音しか聞こえないわ!」 「ここからでは仕方ない。下から吹き上げる風が強いんだ。この地形ではすまないが海岸まで下ろしてやることは出来ない」 「ううん、ここでも十分! だってほら、全部見えるもの!」  一体何を指しての全部なのか分からないが、喜ぶ彼女の表情を見てエクレールも笑った。  彼女の笑みは海が反射する光よりも眩しい。  眼下に広がる雄大な自然よりも美しい。  いつの間にかクローディアは手綱を握るエクレールの手を上から握っていた。  それに気づき、指を絡めるように繋ぎ直す。細いが柔らかい彼女の指の間に白い骨が絡みつく見た目は異様かもしれない。  だが彼女は少しはにかむように笑い、その手をぎゅっと握り返した。そしてまた強風に髪をなびかせたまま海を見つめた。  それからどれくらいたったか、彼女はあまりの風に「これじゃお菓子を食べられない!」と笑ったので、海に別れを告げ少しだけ戻った所にある川辺に腰を降ろした。  近くに人家はなく、街道からも外れているので人目を気にする必要はないだろう。  クローディアはお菓子の籠からクッキーを取り出すと、嬉しそうに口に運んだ。 「ジュレのクッキーはサックサクなの。これね、ほうれん草のペーストが入っているんですって。全然分からない」  そう言って緑と黄のマーブル模様のクッキーを口に運び、「美味しい」と喜んでいた。 「ねえ、エクレールも食べよう?」 「俺にどう食えと」 「いいからいいから! はい、あーんてして!」  可愛い指先で出されてしまえば逆らえず、仕方なしに髑髏の口を開ける。  剥き出しの歯がバリっとクッキーを砕くと、案の定バラバラと下に飛び散っていった。 「あはは! やっぱりだめよね。うふふふっ! そのまま座っていたら鳥さんが来てくれそう」 「君が楽しいならそれでいい」  大笑いするクローディアにそう言うと、彼女は笑いながらまた一枚頬張った。
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