一人ぼっちの結婚式

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「……エクレール、元気かな」  夜の自室のバルコニーで、彼女は星空を眺めながら呟いた。  ずっと我慢して思い出さないようにしていたが、寂しさも限界だった。  教師とは勉強の内容しかやり取りがない。  使用人は敵国の姫と積極的に交流してくれず、必要最低限の会話しかなかった。  この三か月で彼女はすっかり“望まれぬ花嫁”となっていた。  これでもしエルキュール王子がクローディアに冷たかったら、彼女の残りの人生は墓場のような陰鬱なものに決定するだろう。  むしろ彼女には本当の墓場の方が良いくらいかもしれない。 「……エクレール、――たいな」  思い出してはいけない。  明日もう嫁ぐ人間が、誰であれ男の名を出してはいけないだろう。  想い出の蓋をしっかり閉じると、彼女はベッドに潜り込んだ。    ここに来るまでの間、彼女はエクレールに対する言いようのない寂しさをジュレによく語っていた。  そしてある日、見かねたジュレについにその寂しさの正体を教わる。 『会いたくて仕方ない?』 『うん……』 『会えないと切ない?』 『うん……』 『それを人は恋と言うのよ』 『恋? 私、エクレールに恋をしていたの?』 『シャンピーを好きな気持ちと、エクレールを好きな気持ちは同じ?』 『……どちらも大事で大好きなの。……でも、シャンピーは思い出の小箱にちゃんと納められたのに、エクレールは納まらないの。何度も何度も蓋を開けて、中にあるものを確認したくなっちゃう』 『中に入ってるのは恋心よ。認めてあげなさい、自分の心を』 『私エクレールが好きだったのね……箱の中にあったのは恋だったの』 『ええ、そうよ。でもあなたはもう隣国の王子に嫁ぐ身。その箱、どうするのかしら?』 『これはね、大事な想い出の棚に置いておくの。私箱をどこに置いたらいいか分からなくて、ずっと持ったまま悩んでたんだわ。不思議ね。一週間も一緒にいなかったのに、恋をすることが出来るのね。私、ちゃんとこの箱仕舞って来るね』  それから沢山泣いて、沢山「会いたい」と言った。  でも夜になる頃には、最後に「ありがとう」と心の中の箱に呼びかけ、彼女はきちんと棚に仕舞ったのだ。  自分の心を自覚した彼女は、すっきりとした心で翌日を迎えた。  あれは自分の初恋で、でも届くことはなくて、切なくて悲しいけど、とても美しいものだった。  一年かけて、彼女の中のエクレールへの想いは美しい想い出と昇華し、まだ見ぬ婚約者へと嫁ぐことを受け入れた。  受け入れたのだが、この三か月が孤独だったことで、ふとその蓋を開けてしまったのだ。  想い出に寂しさを少しばかり払拭してもらおうと思ったが、あまりうまくいかなかった。   そのまま開けっ放しにしておくわけにはいかず、彼女は現実を思い出すと慌てて蓋をした。
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