一人ぼっちの結婚式

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 翌朝も、王子の姿はないまま式の準備は淡々と進んだ。  王族の婚礼の儀は王都ではなく神殿で行われる。王都での披露パーティはまた別で行うのが通例だ。  王都とエルキュールの居城の間くらいに位置する神殿で、二人は夫婦の誓いを立てることになる。    いささか覇気のないエーノルメ王の他、王族に名を連ねる者や高位貴族が集い、若い二人の門出を見守るはずだった。  王はフィルディでの一件以来、オロール王国との諍いに関してエルキュールに任せ、何かと後宮に出入りすることが多くなっていた。  エルキュールはどことなく生気に欠けたような父を心配しなくもないが、血の気が多すぎて無駄に戦争を仕掛けるよりはマシと思っていた。  今までの武力に物を言わせた他国との関わり方のせいで、オロールのみならず周辺国の圧は強いが、このまま父が大人しくしているうちにもっと平和的なやり方に舵を切れたらと考えていた。  厳かな神殿には香が焚かれ、神々に代わって結婚の許可を下す祭司が祭壇で新郎新婦を夫婦と認め、祝福する。祭司に認められなければいくら書類を交わそうとも世間は二人を夫婦とはみなしてはくれない。  この晴れの日、クローディアは身を清められ、古代の女神に似せたドレスを着せられる。  悪いものに見つからないよう、絹で作られた真っ白な布で全身を覆い、妻となる女性を守る男性の手に渡って初めてそのヴェールを取られるのだ。  祭壇の前には悪いものを退けるための儀礼用の短剣を腰のベルトに差し、これも神話の英雄のような真っ白な婚礼衣装に身を包んだエルキュールが待って――いるなどと言うことは無い。  クローディアは新郎不在のまま神殿の中央をゆっくり歩む。  巫女役の少女の一人が邪を祓う鐘を鳴らし、もう一人の少女がクローディアの歩く道にハーブを撒く。  一歩ずつゆっくりと歩く姿は、真っ白な布が少しずつ進んでいるようにしか見えなかった。  祭壇まで辿り着いたのを見た祭司は、本来あってはならないことだが新郎がないまま式を進める。二人揃っていないのに夫婦と認めるなど、神聖さの欠片もなかった。  彼女の無垢なヴェールを取り払う者はなく、その姿が晒されることのないまま異様な式は進む。  見届け人の貴族は皆王室に取り入る者なので、この状況に異を唱える者などいなかった。
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