死の森の少女

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 ひきかえせ  ひきかえせ  こちらにきてはいけない  囁く死者の声がそう告げている。  数が多いと言われた時点で、馬を操るシャンピーはすぐさま引き返した。  せめてくる  せめてくる  むりやりこの森をぬけてくる  あの王子はおそれを知らない  死の方がしっぽをまいて逃げてゆく 「王子? 猛者として有名なエルキュール王子のこと? どうしよう、彼は獣よりも恐ろしく、死の方が彼を避けていくって聞くわ」 「確かに兵の数が多い気配がするな。このまま俺たちは逃げられたとしても、万が一森を抜けられれば砦を国内から攻略されかねない」 「だめよ、そんなことさせない。……彼らの背後に回れる? あっちの方が死体が多いはずなの」 「やってみよう」  そう言うとシャンピーは馬首を巡らし、侵入者を避けるように大回りでエーノルメ王国のある東を目指した。本来馬で抜けるのは無理なこの森も、死者の彼らには大して影響もない。移動速度は侵入者より遥かに早いはずだ。  その間にクローディアも死者に語り掛ける。  器が無ければ物理的な足止めは難しいが、幽霊としてさ迷う魂に邪魔をしてもらうことは出来る。  そうやって何度も脅かしては追い返して来たのだ。今回だって混乱くらいはさせられるはず。 「迷子の魂よ手伝って……手伝ってくれたらえっと……」  クローディアが用意できる供物の在庫を思い出す。  こんな時のために溜め込んだ供物用の宝石、金銀、ワインや香。  彼女はその中からワインを選んだ。死者への供物としては一番ポピュラーで、在庫も多い。 「ワインを捧げる! ワイン好きな人いない? あとパンも付けちゃうわ! ジュレの焼いたパンはちょっと固いけど香ばしくておいしいの!」  そして「ほら、前払いよ!」と言うと小さな巾着から取り出した銀貨を森の中にばら撒いた。本来なら祭壇を設けて捧げるものだと言うのに、正統な魔術を知らない彼女のオリジナリティ溢れるやり方は豪胆だった。  取引に応じる魂がいくつか反応した。  一般人が想像する幽霊は半透明ではっきりしない人間の姿を思い浮かべるだろう。  今まさにそんな想像通りの姿をした幽霊が彼女の周りに集まり、走る馬の速度に合わせて宙を追いかけて来る。 「ありがとう。じゃああっちにいる兵士たちを脅かして来て! 憑いちゃだめだよ。脅かすだけね!」  幽霊たちは心得たとばかりに一斉に侵入者の方へと飛び去った。
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