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見つめ合ったままの二人に、祭司が軽く咳払いをした。
早く誓いの口づけをしろということだろう。
それに我に返ったクローディアは、覚悟を決めて目を閉じた。
エルキュールの手が細い肩に乗ると、胸を絞めていた寂寥感は急に別のものへと変わった。僅かだが、熱いものが込み上げる気がした。
その証拠に、にわかに鼓動が速足になる。
君はどこかで会ったことが?
ああ、それにしても……こんな、こんな愛らしい存在が今日から俺の妻だと言うのか……
大事にしたいと思った。だから出来る限りそっと、辛うじて触れるだけの口づけを、とても丁寧に誠意だけは込めて交わした。
一瞬だけ交わした熱は、エルキュールの気持ちを昂揚させるのに十分だった。
一瞬触れた唇は、クローディアに確信に限りなく近い疑念を抱かせるのに十分だった。
エルキュールが興奮を抑えて目を開いた時、そこにいたのは羞恥の中に戸惑いを浮かべた花嫁だった。
彼女は自分ほどこの口づけに何かを感じてくれた訳ではなさそうだった。
婚約期間に一度も会ったことのない相手にそれは仕方のない事だろう。
彼女の戸惑いとは裏腹に、相手に何も期待していなかったエルキュールは一目で恋に落ちた自分に驚いていた。
昏睡から目覚めた時、何故か胸を締め付けるような切なさと恋しさがあった。
見たこともない恋人がいたような、そんな気分だ。
クローディアと違い、エルキュールは根拠のない確信を得ていた。彼女はまさにその相手だと。
理由は分からない。
あの愛らしさを見た瞬間、何故かそう思ったのだ。
目覚めた時に叫びたかった名は、クローディアであったと。
「ここに今、神々に認められ新に夫婦が誕生した。彼らに幸多からんことを」
新郎不在で始まった式は、神聖な香りに導かれた二人の胸に、それぞれの想いを抱かせて終了した。
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