一人ぼっちの結婚式

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 このまま二人は馬車で居城へと帰り、食事の後身を清められ、初夜の儀に挑むことになる。  本来は婚約期間の間に何度もお互いの国を行き来し、親睦を、可能なら愛情を深めるはずだった。  それもなく、クローディアは未だエルキュール王子と言う人物をよく分からないまま彼に身を委ねることになる。  馬車の中で婚礼の衣装のまま俯くクローディアに、エルキュール王子は少しでも打ち解けて欲しかった。  この愛らしい妻に、笑った顔を見せて欲しい。    気づけば、隣で俯いたままの彼女の手をそっと握っていた。  自分の手などすっぽりと覆ってしまう手に突然優しく包まれ、クローディアはその顔を上げた。改めて彼の顔を確認する。   短い黒髪に力強い焦げ茶色の目。  精悍と言えば聞こえはいいが、険しいと言う言葉の方が合うかもしれない顔つき。だがそれは今穏やかに見え、恐ろしい気持ちはそれほど抱かない。  その肩幅も胸も広く、戦い抜いてきた手足もずっしりとしている。小さなクローディアからすれば見上げる大きさ。  きっと骨も太いのだろうと思ったのがいかにもクローディアらしい。  想い出の奥にいる骨の騎士を彷彿させたが、彼女は思い出すのもいけないことな気がして急いでそれに蓋をした。 「嫌か?」  繋いだ手元に視線だけ動かしエルキュールが問う。クローディアは首を横に振った。   「旦那様の手を拒否することなんて出来ません」 「そうではない。確かに俺はもうあなたの夫となりあなたは俺の妻だ。だけど婚約期間に一度も顔も会わせず、手紙すら送れず。それなのに今夜あなたは……」 「初夜の儀については心得ています。きちんと務めを果たさせて頂きます」  義務的な返答に、今度はエルキュールが首を振った。 「だからそうではない。政略結婚だからだとか、妻の務めだからだとかではなく、俺はあと数時間しかないその時までの間に、もっと心を寄せ合いたいと思っている」 「心を?」  こころ。  心は未だ通わせていないが、あの式では間違いなく魂が通いかけた。  生者とそんなことは出来ないはずなのに、あれはなんだったのだろう。  香のない今それは感じない。  目の前に、彼女と心を通わせたい夫となった者がいるだけだった。 「実は……俺もこんなことになるとは思ってもいなくて自分に驚いているのだが……。クローディア殿。俺はあなたに一目惚れだ。こんなに愛らしい女性(ひと)が俺の妻となってくれたことに運命すら感じてしまう」 「ひとめ、ぼれ?」 「おかしな話だろう。俺は運命だとか奇跡だとか、そんなものまるで信じていない人間だった。安っぽく聞こえるかもしれないが、あなたは俺の運命の人だと思った。もう既にあなたが愛しくて仕方ない。だから今夜あなたの心と体に負担をかけてしまうことになるのが申し訳ない。せめてあと数時間、少しだけでも俺のこの想いをあなたと分かち合いたい」  運命、奇跡。  耳に馴染む太い声。  この広い胸と大きな手。  そして感じた、あなたの魂。  でもどうやってそんなこと確認すればいいの。  彼がエクレールであると……そう思いたいだけ?  エルキュール王子が誠実な人であることは分かった。  包み込まれた手は温かく、嫌な感じはしなかった。  握る力は少々強く、その手も戦う者の手であり決して触り心地がいいものではないのに。  その温かさは、死の森で生き物の温かさを求めていた時の自分を思い出させた。  悲しい死者と触れ合うと生きた者が恋しくて仕方なかった。  大丈夫、生きているよと誰かに言って欲しかった。  今自分は生者の世界にいると言うのに、この三か月は随分寂しい日々だったと思う。  だから握られた手が、急に彼女の人恋しい気持ちを膨れ上がらせた。  少なくとも彼は心を通わそうとしてくれていて、その上生命力に溢れている。  そして一瞬だけ思ってしまった。  この手が、エクレールと同じだったらいいのに。
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