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クローディアは自分のそんな考えにはっとして彼の手を払ってしまった。
嫌だったのではなく、彼女の方が汚い者のように感じてしまって。
そんなものに、優しさを見せてくれる彼を触れさせたくなくて。
「すまない、嫌だろうな。式ではよく口づけに耐えてくれた。婚約期間に会えなかったことを悔やむな……」
払われたのは触られたくないからと勘違いさせてしまった。
大きな体のエルキュールの眉尻が悲しそうに下がっていた。
「ちがう、違うんです。嫌だったのではなくて、エルキュール様の手があったかくて、思い出してしまって。ごめんなさい、すごく失礼なことしたの……」
クローディアが慌てて膝の上に戻ってしまったエルキュールの手を握った。
彼女の小さな両手がエルキュールの戦士の手を取り、柔らかな感触が包み込んだ。
「あったかくて?」
「あったかくて、生きている手で……私、寂しかったこと思い出したら、その、色々と、込み上げてしまって。だからエルキュール様が悲しい顔しないで下さい……私が悪いだけなの……」
「クローディア殿……おいっ」
いつの間にかクローディアは、ポロポロと大粒の涙をこぼしていた。
必死にエルキュールに非を詫びながら、ところどころに「あったかい」と入る。
「あったかい手」「生きている手」とは。
エルキュールも死に行く者の手の温度は知っている。
ここに来るまでの間、彼女の近くにそんな死でもあったのだろうか。
その時を思い出し、現状の不安と重ねて泣いてしまったのだろうか。
「あ……私……ごめんなさい、泣いたりして。そんなつもりじゃなくて……嫌とかじゃないんです、ごめんなさい、ごめんなさい」
「本当に嫌なわけじゃないんだな? その涙は俺の妻となることが悲しくて泣いているわけではないと?」
「はい、嫌じゃないです。ただあったかくて……さみしくて……」
「一人で敵国まで来て誰も味方もなく……寂しくて当然だ。俺にその心を慰めることは出来るか?」
流れ続ける涙を止めたくて、エルキュールの手がクローディアの頬に伸ばされた。
指先でそっと拭っても、ただ自分の手も濡れていくだけだった。
そんな彼女も愛しくてたまらない。
「そんなに謝らないでくれ。寂しい思いをしているならむしろ謝るのは俺の方だ。一度も会えず、この三か月配慮してやることも出来ず不甲斐ない。すまなかった。こんな痩せてしまって。眠ることもあまりできなかったのだろう? 本当にすまない」
濡れたエルキュールの手が、彼女の背中に伸びた。
もう抱きしめる他に方法が分からなくて、「抱きしめてもいいか?」と許可を求めると、コクりと頷いてくれた。
そしてそっと抱き寄せる。
すると彼女の方から背中に腕を巻き付けくれた。
「クローディア……」
焦がれるように名を呼ぶと、腕の中に閉じ込める。
彼女は時々しゃくりあげながら、彼の胸に身を預け泣いていた。
気持ちが落ち着くように背中を撫で、ふわふわの髪にキスをした。
君が愛しい。
目覚めた時の切なさが、君を抱くと薄れていく。
こんなに泣きじゃくる君がいじらしくて愛おしい。
ずっと守る。いやずっと前から守りたかった。
エルキュールは吐息をこぼし、さらに力を込めて抱きしめた。
もう二度と離さないとでも言うように。
力強い腕の中、クローディアに徐々に落ち着きが戻って来た。
しゃくりあげるのが止まり、少しだけ鼻をすすると、甘えるようにもたれてくる。
愛らしくて仕方なかった。
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