初夜

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「さすがにこうお膳立てされると緊張するものがあるな」 「うん……」  扉に鍵がされてから少しして、エルキュールが冗談めかしてそう言った。そう言う割に声音は固くなく、クローディアを気遣っての言葉だろう。 「不安か」 「うん……え、あ、いえ、せ、先生のお話はちゃんと聞いてきましたから!」 「無理するな。閨教育の話など“我慢”だの“痛い”だのろくな話がなかったろう」 「……うん。本当は凄く不安なの。それに私、痩せてしまったのもあって全然魅力的じゃないの」  自分の体を見下ろして残念そうに言うクローディアに、ついエルキュールも彼女の薄衣を見た。  確かに体の隆起は乏しいし、馬車の中で抱きしめた時も骨かと思うくらいか細かった。  元々細いのかもしれないが、明らかにこけている。その責任の一端は自分にもあると思い、申し訳ない気持ちになった。 「先ほどの食事も細かったのが気になった。好きな食べ物はなんだ? フィルディとも味付けが違うだろう。好みがあれば言ってくれ。少しでも食べやすいもので、まず健康を取り戻して欲しい」 「うん……」 「それに君は十分魅力的だ。馬車の中から既に俺は……いや、それはいい。教師に何か言われたのか?」 「と、殿方をその気にさせるのも妻の務めだって」 「なら安心しろ。もうその部分は果たせている」  ぽかん、と意味がよく分からないような顔で見上げて来る新妻に、エルキュールは苦笑した。 「俺は君に惚れているんだ。君が許可をくれるのなら今すぐにでも出来るがいいか?」 「え……っと、あの、私……」 「証明しようか?」  とす、っとクローディアの背中が倒され、ふわふわの髪が枕に広がった。  天蓋が見えたと思った瞬間その視界はエルキュールで塞がれる。  逃げ道を塞ぐように体を覆われ、クローディアは閨の教師の言った「始まってしまったらもう身を任せなさい」を思い出しぎゅっと目を閉じた。  無意識に自分を守ろうとしているのか、その手は胸の前でぎゅっと組まれている。  エルキュールはその腕を取ると、一つにまとめて頭上で押さえつけた。  クローディアがびくっと体を揺らし、怯えているのが分かる。  その耳元に彼の太く低い声が響く。 「このまま初めていいのか?」  相変わらず目は閉じたまま、コクっと頷く。   「本当は?」  すぐに答えがない。  答えてはいけないことだろう。 「本音でいい。このまま抱いていいと言うなら俺は儀式があろうとなかろうと抱く。だがそれでいいのか? 君は恐れていないか?」 「…………だめなの、言っちゃ。床入りの儀は絶対だって」 「そう、絶対だ。花嫁が泣こうと喚こうと、男の側にその気が全くなかろうと絶対だ。だがそう言うのなら、君は今抱かれるのは不本意なんだろう?」  パチっとクローディアの目が開いた。  まっすぐ頭上のエルキュールを見返してくる。
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