幽霊騒ぎの元凶

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幽霊騒ぎの元凶

「なんだ!?」  森の入り口に馬と見張りを置き、生い茂る木々といばらのツルに苦戦しながらも進んできた侵入者は、突然森の雰囲気が変わったことに体を強張らせた。  皆エーノルメの屈強な兵士だが、目に見えぬ得体の知れない変化に恐怖心を隠すのは難しかったらしい。 「来たか……」  だが先頭を行く誰よりも逞しい身体を持つ人物は、それを予想していたのか周囲の気配に感覚を研ぎ澄ませただけだった。 「エルキュール殿下……」 「恐れるな。報告にあった通り本当に何かがあるらしいな。幽霊など信じていなかったが……いいだろう、姿を見せてみろ。見えるものなら全て斬ってやる」  死の方が避けて歩くと言われる豪勇で大胆不敵な王子は、剣を抜くと兵士を鼓舞した。 「報告では一度も実害を受けたことはない。皆子供騙しの脅しのようなもの。フィルディの策略かこの森が惑わせるのか知らんが、気にせず突き進め。今この森で一番恐ろしいのは遭難だと言うことを忘れるな!」  調査に出した斥候の中には、何人も帰って来なかった者がいる。  道なき道、方向感覚を狂わせる景色、空を塞ぐ木々。迷えば帰るのは難しい。  その時けたたましい鳴き声を上げて、どこかにいた鳥が一斉に飛び立つ音が聞こえた。  兵士が数人、堪えきれなかった悲鳴を短く上げる。  空気がやけに冷えている気がした。 「落ち着け。一人の混乱が部隊全ての混乱になる。皆離れるな。己の恐怖心に打ち勝て」  パキっと前方から木の枝が踏まれるような音がした。  すぐに後方から落ち葉を踏みしめる音も追う。  さらに頭上に何か通ったような気配があり、不審な音が続く。最早どの方角からしているのかすらわからなくなった。 「殿下、殿下……下がりましょう」 「このままでは同じことの繰り返し。だから陛下も業を煮やして俺を寄越したのだ。正体くらい見極めずしてどうする」 「ですが本当に幽霊だった場合、我々でどう対処するのですか」 「斬れるなら斬る。斬れぬなら……その時はその時だ。俺は霊媒師でも魔術師でもない」  なんとも王子らしい答えに、兵士は顔を青くした。王子の部隊に入れられた時点でこうなることは見えていた。逃げることも出来ない兵士に残された手段は心の中で普段は忘れている神々に祈りを唱えることだった。 「さあ姿を現わせ! 兵には手を出すな。俺が全て相手になってやる! 祟るなら祟れ! 呪うのなら呪え!」 「なんでこの人楽しそうなんだよ……」  兵士の一人が毒づいた時、叫んだ王子の前方に何かが現れた。  白いモヤが集まり、何かを形成していく。  やがてそれは人の姿になり、どこを見ているのか分からない表情で兵士たちの方を向いた。  兵士の間から「隊長!?」「アクティアン隊長!」と驚く声が広がる。  エルキュール王子も見た。  その顔は半ば透けているが、かつて戦場で共に戦った部隊長の一人、数々の武勲を立ててきたアクティアン第二部隊長。  三年前、停戦協定を破って侵攻した際にフィルディ王国の弓兵に集中攻撃を受け討ち死にしている。 「ほう……久しいな、アクティアン隊長。その節は世話になった。お主の命を犠牲にして俺は生きている」  隊長は何も言わない。  じっと兵士らを見据えているとも言えるし、遠くを見つめているようにも見える。
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