初夜

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 それからどれくらい経ったのだろう。  夜中にふと目覚めたクローディアは、隣にエルキュールが眠っているのを見つけた。  もう偽装は済んで彼も眠りについたのだろう。クローディアに遠慮しているのか、大きな体は寝台の端ギリギリのところで背を向けていた。  そう言えば何をどう偽装したのかが気になる。  一体どうやって寝具に証を残したのだろう。  そっと上掛けをめくると、一緒に彼の体も晒された。  つけたままの薄明りに浮かぶのは背中でも分かる鍛え抜かれた肉体。  自分と同じく全裸のようで、彼女は慌てて目を逸らした。  そして見つけた。  身に覚えがないのに、シーツには赤い染みがついている。  思わず自分の足の間を見てしまった。  すると内股にもそれらしい痕跡が残っていた。 「ん……」  低い声にびっくりしてエルキュールの方を見る。  どうやら寝返りを打っただけのようで、目を閉じたエルキュールの顔がこちらを向いた。  あれ……?  顔の近くにある彼の左手に、小さな傷跡が見えた気がした。それはまだ赤く生々しい傷だったような気がして、クローディアはそっと近づくとその手を静かに取って手のひらを見てみた。  切り傷?  短いが、刃物で切ったような跡がある。  もう血は乾いているが、寝る前にはそんな傷なかったはずだ。  このシーツの血、エルクの?  彼は自分の手を傷つけて偽装工作をしてくれたようだった。  血とは違う何かも混ざっているようだったが、とにかくこれで証の代わりになることには間違いない。  エルク、ありがとう。  彼女は心の中で礼を述べると、その手にそっと口づけを落とした。  クローディアはまた横になると、上掛けをエルキュールと自分にかけ目を閉じた。  でも、なんだか落ち着かない。  背中越しにいるエルキュールが気になって仕方ない。  静かに寝返りを打つと薄闇の中夫となった人の顔を見た。  寝ているとあの鋭い眼光はなく、意外と長い濃い色のまつ毛が並んでいた。よく見ると額に古傷の痕がある。そんな所に刃の一撃を受けるのは怖かったろうな、と思うと自然と手が伸びた。  指先でそっと触れても彼は起きる事なくまつ毛は伏せられたままだった。  エクレール……  骨の体と中の魂は別なのでそれは完全に偶然なのだろうが、実際の体格と傷跡はとても近いものがあったようだ。もし本当に同一人物なのであれば、だが。  傷をつけたばかりの手にも触れてみた。  指先にほんのり彼の体温が伝わる。  もっと温もりを感じたくて握ろうとしたら、違和感に気づいたのかその手がすっと引かれてしまった。  手、繋ぎたかったな……  仕方ない、また寝よう。  そう思って背中を向けると、ベッドの軋む音と共にふいに後ろから抱きしめられた。  びっくりして声も出せないでいると、耳元で寝言のように「ディア」と聞こえ、すぐに寝息が続いた。  背中に彼の素肌が密着し、裸のままの腹には彼の逞しい腕が回された。    緊張するし、恥ずかしさもある。  だけどそれ以上に、優しく抱きしめてくれることと体温が心地よかった。  回された腕に自分の手を重ねると、彼女も目を閉じる。  安心感の中すぐに眠気はやって来て、二人はそのまま朝を迎えることとなった。
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