キスの味

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キスの味

 翌朝先に目覚めたのはエルキュールの方だった。  目を開けてすぐに見えたのは穏やかな寝息をたてているクローディアの顔。  拳一つ分ほど先にあるその顔は幸せそうに見えなくもない。  その愛らしさに溜息を零しそうになり、さらに腕が自分の背に絡むように伸びていることに気づきそのまま息を飲んだ。  胸から下が素肌のまま密着し、クローディアが腕を絡めたまま幸せそうに眠っている。  自分の腕も彼女の細腰に絡んでいたので、二人抱き合ったまま眠ったらしい。  どこでそうなったか記憶にはなかったが、彼女が求めて来てくれているようでたちまちエルキュールの心は幸福感で満たされた。    愛しさと愛らしさが募り、まだ寝ている彼女の額にキスをする。  本当は唇にしたかったが、彼はそうしてしばらく何度も額に口づけをすることで溢れる気持ちを抑えていた。 「ん……えるく……」 「おはようディア。しっかり眠れていたようだが?」 「ん……おはよう…………」  新緑の目が一瞬エルキュールの顔を捉え、すぐまた閉じられた。  少しばかり身じろぎすると、背中へ回した腕に力を込めて来た。 「愛らしい……」  思わず声に出してそう言うと、頭ごと抱えて腕に閉じ込めた。  ずっとそうして腕の中に閉じ込めてしまいたい。  幼子が人形に愛情を込めるように、彼は腕に閉じ込めた愛妻の髪にに頬を寄せ、口づけを落とし、さらに腕に力を込めた。 「ん……んっ!? んーっ!」  再び眠りに落ちたはずのクローディアが急にその厚い胸板を平で叩いてきた。  苦し気な声に慌てて腕を解くと、彼女は「ぷはっ」と呼吸をつきながらつぶらな目を更に見開いて驚いていた。 「い、いきが……びっくりしたの」 「すまん、愛しくてつい……」  何度目かの同じやり取りにまた平謝りするエルキュールに、クローディアは声を上げて笑った。 「ふふっ……苦しいけど、でも嫌じゃないの、エルク。昨日の夜目が覚めちゃったけど、エルクが寝ぼけてぎゅってしてくれたの。そうしたら私、またすぐ寝ちゃった」 「覚えていないが……だが君と寄り添って眠れたのは嬉しい。ただ押し潰さないか心配だな……」  大袈裟に心配するエルキュールにまた笑うと、彼女は自分の腰に回されている彼の左手を取った。  そしてうっすら残る傷跡の近くに昨夜したようにキスをすると、彼の目を見て「ありがとう」と言った。  彼女を大切にしたい気持ちはきとんと伝わっていると分かると、エルキュールも彼女の手を取り口づけを落とした。 「だが、出来れば唇にしたいのだが」 「うん……」  そっと目を閉じると、柔らかな唇が重なった。  互いの心拍数を少しだけ上げると、それはゆっくりと離れていった。 「素晴らしい。愛する人と共に朝を迎えるのがこんなに素晴らしいことだったとは」  そしてまたキスの雨が始まった所で、寝所の扉がノックされた。
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