キスの味

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 クローディアが偽装に緊張する中シーツは回収され、見届け人は満足そうに去っていった。  役目を果たしたわけではないが、エルキュールのお陰で疑われることはなかったようだ。  ほっと胸を撫でおろしたところで使用人が身を清めてくれ、朝の支度を整えた。  だがこの時、エルキュールは妙に使用人がクローディアに対しよそよそしいことに気づく。  仕事は滞りなくされている思うが、本来ならもっと女主人と言葉を交わすはずの侍女が身の周りの世話をする間無言なのだ。  クローディアのあの花もほころぶような愛らしい表情も、一緒に静かに沈んでいる。  彼女が三か月間こんな扱いを受けていたとしたら、それは食も細くなり寂しい思いをするのは当たり前だろう。  使用人の人選に口を挟む隙は彼にはなかった。  この侍女は確かオートリー伯爵の娘。彼はエルキュールが敵国の姫を迎える事を良しとはしていない上に、父王に対しても不審な動きをすることがある。  彼が戦いに明け暮れているうちに、城内を政敵に囲まれてしまったのかもしれない。  どの使用人も同じように冷たさを感じる。  クローディアの表情も芳しくない。  彼は直属の補佐官を呼んだ。 「ルブラード、なぜ城の使用人はこうもクローディアによそよそしい」  呼ばれた補佐官は若いが有能な伯爵令息で、彼の政治面でのサポートを淡々と着実にこなす忠臣。戦場に出たままの王子の裏であちこち動き回り、父王が半ば投げ出している公務の一部も共に補佐していた。  彼は元々幼少より王子と共に勉学に励んだ者の一人で、国王のやり方には反対。王子に直接忠誠を誓っている。  エルキュールもまた幼い頃から知る彼を全面的に信頼していた。 「私もこの城に常駐していたわけではございませんが、どうも使用人一同殿下が花嫁を快く思っていないと思い込んでいるようで」 「何故……いや当たり前か。俺の振舞は周囲から見れば彼女を拒否しているように見えたろう。政略結婚に前向きでないのは事実だったしな」  ルブラードすらエルキュールがクローディアをどう思っているのか分からない。散々戦地では気の進まないようなことを言っていたので、昨夜も二人とも王族としての義務を淡々と果たしたのだろうと思っていたのだが。 「受け入れるに決まっているだろう。しかし困ったな。この様子だとクローディアは針の筵だ。せめて侍女くらい彼女の味方になってあげて欲しいのだが」  ここでふとエルキュールはこの有能な補佐官に侍女経験のある妹がいることを思い出した。 「――そうだ、お前の妹は確か侯爵家で侍女をしていたと言っていなかったか?」 「いつの話でしょうか。妹は昨年その侯爵家に嫁いだと申し上げました。もうすぐ赤子も生まれて参ります」 「なに……そうだ、そうだった。祝いの品も贈ったのだった。では誰かいい侍女を知らぬか? 誰でもいい、クローディアを大事に扱ってくれる者なら誰でも」
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