キスの味

3/7
前へ
/150ページ
次へ
 長年付き合いのあるルブラードは、幼馴染とも言える王子の発言に驚いたようだった。  戦場では自ら先陣を切り敵を蹴散らしていく。  男女関係ない物言いは大体の女性を怯えさせる。礼節や気遣いが出来ない人物ではないが、戦場での獰猛さが印象に付きまとう彼は、どちらかと言えば怖い人物だろう。  その彼が昨日知ったばかりの新妻に心を砕いている。  婚礼の儀から床入りの儀までの間のことは一部の関係者しか知りようもないので、その間に一体何があったと言うのか。 「殿下、あれほどこの婚姻には消極的でしたのに」 「む……それはそうなのだが……」 「まだ見ぬ幻の恋人はどうなったのですか」  ルブラードの声音にはからかいが含まれていた。  彼は王子が昏睡から目覚めて以降、見知らぬ誰かに不可解な思いを抱いているのを知っている。  彼は身を弁えた優秀な補佐官であるが、同時に友でもあった。  友の顔のルブラードは、こうして時折王子を揶揄できる数少ない一人でもあった。  彼の問いにエルキュールもばつが悪そうに答える。 「その、彼女が、そうではないかと……ヴェールを取った瞬間、前から知っていたような、あの時叫びたかった名前はクローディアであったと思えるような……」  ルブラードは心底意外そうな顔をした後、表情を崩した。  あれほど運命だ奇跡だ、そして幽霊と言った不可思議な事は認めなかった王子が、あの昏睡以来変わったようだった。 「どちらにせよ奥様を愛せるようなら安心いたしました。それが殿下の気のせいでもなんでも構いません。正直どうなることかと思っていましたので」 「クローディアは……愛らしい。とにかく愛らしい。あの飴細工のように艶めく髪も、新緑のようなつぶらな瞳も、柔らかい唇も砂糖菓子のような声も何もかも……それで笑って俺の手を握り“あったかい”と言うんだ。あんな愛らしい人を俺は知らない……」 「絶賛ですね。では昨夜はさぞ……いえ、立ち入り過ぎました」  だがその言葉を聞いた瞬間、王子の表情が気まずいものに変わった。  まさか拒否でもされたのだろうか。  例え拒否をしたところで避けることは出来ない儀式なのだが。  それに先程見届け人が証は間違いないと発表していた。  そうなると、最中にずっと泣かれたとかだろうか。  しかし王子の口からは他者には聞かせられない意外なものが返って来た。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加