キスの味

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「……していない」 「なんと?」 「だから、その、昨夜彼女を……抱いてない」  ルブラードは周囲を思わず伺った。  幸いにも王子の執務室にはみだりに侵入して来る者などいない。 「それは何故」 「彼女を、大事にしたいんだ……俺に心が傾いていないのに体だけ繋げたところで可哀相だろう。もちろん彼女は義務を果たそうとしてくれた。怯えを隠して必死に……俺を拒絶することなく覚悟を決めてきたと。喉から手が出るほど惜しかったが、俺は体より先に彼女の心が欲しい。だからしなかった」 「どうやって」  すると王子は手の切り傷を見せた。  それを見たルブラードも納得したようだった。 「後はまあ、彼女が寝てから……な。彼女の裸体はとても美しい……なのに痩せてしまって可哀相で。ほっそりした白い身体の、あばらまで浮いてしまって……だがあの可愛らしい胸の――」 「殿下、それ以上お聞きした方がいいでしょうか」  王子は中断すると咳払いをした。  陶酔してうっかり全容を語るところだった。 「とにかく俺は妻を愛している。彼女もそう言ってくれるよう俺は完膚なきまでに甘やかすつもりだし徹底的に攻めこむ」 「戦ではございません、殿下」 「そ、そうであった。そんな愛する妻にもっと彼女を思いやってくれる侍女を付けたい。妹君は誰か知らないだろうか」 「聞いてみましょう。適当な人物がいた場合はそのまま面接なさいますか?」 「是非頼む。身分は問わない。とにかく彼女に友のように寄り添い日々に不安を抱かないよう心砕いてくれる者がいい」 「心得ました。近日中に手配出来るようにいたします」  その言葉に安堵する王子を見ると、後ろにある窓から誰かの人影が見えた。  執務室からよく見える中庭にいるのは、恐らく今しがた話していた奥方だろう。 「殿下、あちらを」 「ん? ああ、ディア。朝食もまだだと言うのについ話し込んでしまった」 「もう昼食の方が近いかと」 「彼女にはもっと食べてもらわねば。いずれ子も産んでもらうことになるのだ。もっと健やかでいて欲しい」  窓から見るクローディアは、整った庭で一人寂しそうにまだあまり咲いていない花を探して歩いていた。後ろに侍女は控えているが、その距離はとりあえずついてきた、という感じだろう。
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