キスの味

5/7
前へ
/150ページ
次へ
「使用人たちがクローディアに対する俺の思いを勘違いしていると言うのなら、俺の態度を示せばもっと柔和に接する者も増えるだろうか」 「ドーテは難しいかも分かりませんが、人は意外と噂に流されやすいものです。今度は逆の噂が流れるようしてみたらいかがでしょう」 「どちらにしろ俺は彼女を甘やかすつもりだ。彼女の方も俺にほだされて欲しいしな。そうだ、今花が一番咲いているのはどのあたりだ?」 「庭のことでしたらもう少し奥の日当たりのいい南側ではないでしょうか」 「ではそこに食事の席を用意してくれ」  エルキュールはクローディアから目を放さないままそう言うと、先に部屋を出て行ってしまった。  どことなくそわそわとしたその背中にルブラードは苦笑する。  あの無骨な王子はどこへ行ってしまったのだろう。  だが愛を知らないより知っていた方がいいに決まっている。  奥方のことはまだよく知らないが、相思相愛になることを祈らずにはいられない。  随分と短時間で妻の元まで辿り着いた王子の姿を窓越しに確認すると、彼も急いで使用人に主の要望を伝えた。 「ディア」  蕾ばかりの寂しい薔薇の前に佇んでいると、後ろから低く優しく名を呼ばれた。  振り向くと穏やかな表情の夫がいた。 「エルク。勝手にお庭に出て来てしまってごめんね。少し外の空気が吸いたくて」 「勝手でもなんでもない。ここは君の家でもあるんだ、君がどこで何をしようとそれは君の自由。俺も待たせてしまってすまない。このまま庭で昼食にしないか?」 「お庭で? 素敵。私しばらく森の近くに住んでいて、お外で過ごすのは好きなの」  実際は近くではなく中なのだが、それは言うべきではないことだった。  彼女は世間的にはエメデュイアで過ごしていたことになっているし、死の森と関連付けたらあの死霊軍団とも関連付けられてしまうだろう。  彼女が死体とお友達になれる不気味な事実だけでなく、使役できる事実は漏れてはまずい。特にエーノルメ王がそれを知ればどう利用されるか分からない。  ここよりもっと花の咲く場所があると言い、エルキュールはクローディアの手をそっと取った。  歩きながら自分の腕に導くと、彼女も寄り添い付いてくる。  ルブラードの言った通り南側の庭は日当たりのお陰で一足早く花が咲いており、整えられた庭園が二人を迎えた。  彼女は腕を解くと、小さな薔薇がいくつも固まって咲いている所まで走り寄った。  その辺りにいたらしい小鳥が一斉に飛び去り、彼女は一瞬立ち止まるとエルキュールの方を振り返った。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加