キスの味

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「びっくりした。鳥たちもびっくりしたわよね。かくれんぼしてたのかな?」  そんなわけないだろうが、笑顔でそう言われてしまえば「かもしれないな」と答える他ない。自然と頬も緩んでしまった。  彼女はそのまま淡いピンクの小さな薔薇に顔を寄せると、香りを楽しんでいるようだった。 「こんなにたくさん、庭師って大変なの」  周囲を囲むように植えられた薔薇を見渡しながら彼女はそう言うと、また他の薔薇の香りを嗅ぎ、「こっちの方が甘いの」と言っていた。  いつの間にか彼女のすぐ後ろにやって来ていたエルキュールは薔薇を愛でるクローディアをそっと抱きしめ、その首の辺りに顔を寄せた。 「うむ、確かに甘い」 「……私じゃなくて、こっちの赤い薔薇なの……」 「そうか? 俺には君の方が甘いし魅力的だ」 「あの、侍女もいるし……恥ずかしいの……」 「構わない。俺がどれだけ君を愛しているか城の者も分かった方がいいだろう」  そう言うと後ろ向きのまま彼女の顎を捉え、自分の方を向かせる。  振り返るように見上げた先には、不敵に笑う夫の顔があった。 「このままキスをしても?」 「ちょ、ちょっとだけ、なら……」  すぐに唇が重ねられる。  回数を重ねるごとに、なんだか押し付けられる唇が強くなっている気がする。  胸が強く高鳴ってしまい息が苦しい。  息を逃したくて唇に隙間を作った瞬間、エルキュールも唇を動かしさらに深く重ねて来た。   「んふ……んっ……」  昨夜の優しい触れ合いではここまで苦しくなかったのに、たまらず漏らした吐息ごと唇を食まれてしまい全身に感じた事のない痺れが走る。  どうしたらいいのか分からないでいると、彼はちゅっと音をたててようやく放してくれた。 「ああ、そんな蕩けた顔をしてくれるのか」 「あ……い、今の、ぜんぜん、ちょっとじゃないの……」 「君が甘くてやめられなかった。すまない」 「わ、私、キスって甘酸っぱいって聞いてたのに……」 「イチゴかベリーだとでも思ったのか?」 「そう、そう思ってたの! でも昨日はほんと、触れるだけにしてくれたからあんまり分かんなくて……」 「実際はどうだった?」 「えっと……もっと甘くてとろっとしてて、あ! 桃にハチミツをかけたみたいなの!」  キスの感想を大真面目に答えてくれた妻は、自分でぴったりと思う表現を見つけて喜んでいる。  しかもただでさえ甘い桃に、ハチミツまでかけて。 「つまり俺とのキスはそれくらい甘やかで蕩けそうだと?」 「あ……う……」  真っ赤になって俯くと、そのまま首が縦に振られた。  エルキュールはその様子に心の中で舞い上がらずにはいられない。  昨日より確実に自分を受け入れてくれている。  後ろからまたぎゅっと抱きしめると、耳に唇を付けた。そして彼女だけに聞こえるように囁く。 「そんな可愛い感想を言っていると、今夜もう抱いてしまいたくなる」 「んっ……」 「それとも前菜としてここで少し味見してしまうか?」 「あ……だめっ……」  耳に低く囁かれる声が、こんなに体を痺れさせるものだなんて知らなかった。  彼は妻の反応に気を良くすると、耳たぶを唇の先で食んだ。 「やっ……」 「愛らしい、本当に愛らしいな君は」
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