キスの味

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 それ以上いたずらをしていると本気になりそうだった彼はそこで笑いながら解放してやると、彼女は胸に手を当て深呼吸を繰り返していた。  首まで赤くなっている様子が本当に愛らしい。  今夜手を出さないように気を付けなければ。 「え、エルクはいたずらが過ぎるのっ」 「これでも我慢しているんだ。少しは許してくれ。」  彼とは本来なら昨夜体を繋げているはず。  そして彼はそれを本当は望んでいたにも関わらず、クローディアの気持ちを尊重してくれた。  それを思うと、多少の触れ合いは許さざるを得ない。  恥ずかしさと一線を越える心境がついて来ていないだけで、触れ合いそのものにびっくりするほど抵抗がないのは、クローディア自身昨夜気づいていたのだ。  与えられる温もりは恋しく想えるし、優しい触れ合いはもっと彼を知りたいと思わせる。  だがそこに一線を引いてしまう理由も分かっている。  確固たる証が欲しいのだ。  彼がエクレールと同一人物であるか、全く別人であるかの確証が。  同じでも同じでなくてもいい。  もうエルキュールという人物が夫である事実は変わりなく、そしてその夫は彼女に甘い愛を向けてくれている。  ただずっとその部分を探し続けてしまう自分が嫌で、この疑惑に決着を付けたいのだ。  それにこんなに真っすぐに愛を向けてくれるのに、自分はどこか嘘をついているようで申し訳なくなってくる。  いずれ死霊使いの話もしておきたい。  嘘がつけない彼女は、そんな秘密を抱えていられるわけがない。  愛してくれる人に対して、何かを隠しているなんて嫌だった。 「エルク」  急に静かに名前を呼ばれ、彼は少々触れ合いの度が過ぎたのかと思い少しだけ身を離した。 「エルク、私、あなたに隠していることがあるの」  エルキュールは静かに続きを待ってくれた。 「私、それを隠したままにしておくのは嫌なの。だからといって、今すぐにお話するのも難しくて」 「いつか俺を愛してくれるか」  彼女の告白の途中で、彼は少しずれた質問をした。  それに対してクローディアは、彼の真摯な気持ちと同じように真っすぐ向かい合うと、「はい」と真面目に答えた。 「ならいい。いずれ話してもいいと思う時にしてくれ。例えそれが国家転覆を謀るような内容だったとしても、俺が覆してやる。そして君が愛していると言うまでいくらでも受けて立つ」 「そ、そんな酷いことしないの……」 「分かっている。国と民を気遣い俺の元に来てくれた君が、この国の民が傷つくようなことをしないことくらい」 「ありがとう。えっと……じゃ、じゃあ、ちょっと耳を貸して?」 「ん?」  何かどうしても周囲を気にすることでもあるのかと、エルキュールは彼女に耳を向け身を屈めた。  するとクローディアはその肩に手を置き、耳元で「ありがとう」と囁いてからそこにキスをしてくれた。 「ん……君は……」 「えっと、仕返しとお返し」 「君はなんてことするんだ。我慢できなくなる」 「で、でも……エルクは、そういうの好きなのかなって……」 「大好きだ」 「ふぐっ」  あまりに愛らしい行為に、思わずその胸に抱きしめる。  当然のようにその筋肉に窒息仕掛けたクローディアは、胸を叩くことで謝罪と共に解放された。 「うふふっ……なんだかこれも面白くなってきたわ」 「ああ、ディア……」  庭に昼食の準備をしていた使用人たちは、その仲睦まじい様子を見て驚く。  まさか主がそこまで姫君にのめり込むとは思いもせず、早速その噂は使用人から使用人へと伝わり始める。  ただあの侍女だけはまだそこに疑いの念でも持っているのか、表情は固いままだった。
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