幽霊騒ぎの元凶

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「それで。お主は死後もここに留まり何をしている? 同胞を脅かし、その死を憂いているのか?」  兵士の一人が尋常でない叫び声を上げた。  彼はアクティアン隊に所属していた兵の一人。  降り注ぐ矢に馬をやられ落馬し、そのまま仲間の盾の下に身を縮めていた。  一斉射撃が止んだ時、人馬が折り重なるように死んでいた。  隊長の死体は一番狙われるその先頭にあったと言う。 「違う! 逃げたんじゃない! ら、落馬して仕方なかったんだ!」  頭を抱えて泣き叫ぶ兵に、周囲の兵が狼狽える。  そしてまた一人叫んだ。 「妬んでなどいない! 本当だ! そんな、そんな器の小さいこと俺はしない!」  彼はアクティアン隊副隊長。試合で負けたのを裏で随分と文句を言っていたことがある。 「皆なにを見ている?」  王子が訝しむ。  彼の目には生前の隊長とほとんど変わりのない姿の彼がただ佇んでいるようにしか見えない。  いつの間にか白い姿が増え、取り囲まれていた。  一角だけ誘い込むかのように逃げ道が残されているのを王子は見た。 「正気を保て! 俺にはただ白い姿の同胞が立っているだけにしか見えん! 心を無にしろ、何も考えるな! 心の弱さが恐怖を生むぞ!」  その言葉に大部分の兵はなんとか堪えたが、先の二人は耐えられなかったようだ。  誘うように開けた所へと駆け出し、制止も聞かず狂ったように逃げ去って行った。  方角的には国境方面だが、まっすぐ抜けられるとは限らない。 「クソ、悪いが彼らは追えん。我々の帰還は死ぬか目的を果たすまで許されていない」  エルキュール王子は父王より命を受けていた。  とにかく早急にフィルディ王国を落としたい理由が出来たのに、エーノルメ王は国境にある砦を落とすのに苦戦していた。  実はフィルディと反対にある国とも衝突を繰り返していたのだが、そちらに兵を割く必要が出て来てしまったのだ。  フィルディ王国とは三年前に停戦協定を破って以来、休戦が続いている。ただしこれは協定を再び結んだのではなく、フィルディ側が何もしてこないだけのこと。  その間国境の守りは益々強固になり、城壁は伸び、焦った王は難攻不落の森に王子を派遣。フィルディ国内から砦に奇襲をかけ、挟み撃ちにして一気に攻略しようと考えたのだ。  そこを落とせば、小国フィルディなど生ぬるい。  今まで落とせなかった理由は何かと同盟国のエメデュイアの介入があったからで、奇襲で一気に攻め込んでしまえば落とせる、エーノルメの王はそう考えていた。  さっさと属国にし、反対側の小生意気な、国土がでかいだけの新興国などフィルディの兵を大量投入して潰してしまいたかった。  幽霊はなおもそこにいるが、先にパニックを起こした二人がいなくなってしまうと、王子の部隊は比較的落ち着きを取り戻した。  やがて幽霊たちは、現れた時と同じく唐突にいなくなってしまった。 「なんだったのだ……しまった、斬れるか試すのを忘れていた」  危機が去り一同がほっとする。  先を目指し、なんとか砦に辿り着かねば。    安堵の溜息は、再び襲った緊張感ですぐに凍り付いた。
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