侍女、リーユ

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「リーユは明日から来てくれるんでしょう? ご家族は? そんなにすぐ来られるものなのかしら?」 「私は身寄りがございません。家にも物があるわけでもなく、お仕着せはこちらで頂けます。ほとんど持つ物もございませんし、とても身軽なんです」 「あら、それは寂しいわ。私一人で暮らすなんて絶対出来ない。寂しくて悲しくなっちゃうの」 「幼い頃に両親は既にいなくて、兄と二人で生きてきたんです。その兄も、四年前に死んでしまいました。でも私は兄のお陰で生きているんです。寂しいこともありますけど、絶対長生きするんです。あ、暗い話にしないで下さいね? 私はもう前を向いてるんで」  気丈に見えるがきっと彼女も泣いた日々があったのだろう。  もうその泣いた日々は過去のものになっていて、クローディアが蒸し返して悲しむことではない。  それに彼女の周りには何も感じる(・・・)ものがない。その兄もきっと正しく召されたのだろう。 「素敵なお兄様だったのね。リーユも素敵だわ。死を受け止めて前を向くって、なかなか難しいことだもの。あなたがきちんと受け止めたから、きっとお兄様も正しく召されているわ……」 「あら、奥様は祭司様みたいなことを言うんですね」 「え? そうかな?」 「エメデュイアで巫女の祈りを捧げていたからではないのか?」 「巫女ですか?」 「彼女は神々の国、エメデュイアで巫女修行をしていたと聞いた。平和のために祈りを捧げていたと」 「そうだったんですね。奥様は愛らしいですし、きっと古代の女神のような巫女様でしたんでしょうね」  嘘の公表に少しだけ後ろめたくなる。曖昧な返事をしそうになった時、エルキュールが“愛らしい”の言葉に喰いついた。 「そう! そうなのだ。ディアは愛らしい。美の化身か愛の女神か……思えば初めて会った婚礼の儀でのあの衣装も美しくよく似合っていた。惜しい。実に惜しい。もっとその姿を愛でる時間が欲しかった。次の披露パーティではドレスだろう。いや、それも美しいのだろうが、あの古代の衣装を再現した絹の衣もまた……」  息をつく間もなく一息で妻を褒めたたえる王子に呆気にとられた後、リーユはまた下を向いてクスクスと笑った。  隠していても王族を笑うのは失礼極まりないが、お友達みたいに、と言ったクローディアも許可したエルキュールも当然責めることなどない。  ほどなくして自分の発言に気づいたエルキュールが顔を赤らめ咳払いし、クローディアは楽しそうに一緒になって笑った。  彼女はそのままリーユと楽しいひと時を過ごせたようだ。  視界の隅にはまだ解雇していない伯爵令嬢の侍女がいたが、彼女は終始そこからクローディアの一挙手一投足を観察しているように見えた。  父に言われ監視をしているつもりなのだろうか。  クローディア個人を理解しようとしない彼女らには静かな怒りさえ覚えるが、砂糖菓子のように甘く愛らしい妻の笑い声を聞けば、その気持ちは引き潮のようにすっと遠ざかって行った。
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