侍女、ドーテ

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侍女、ドーテ

   リーユを新しい侍女として迎えることに対し、ドーテは何を思ったろうか。  その夜、寝る前のハーブティーを用意する彼女の手は、心なしか震えていた。  このお茶は、クローディアがよく眠れていないことを察したエルキュールによって初夜翌日にすぐ手配されたもの。  エルキュールが彼女に寄り添ったお陰で眠りの問題は解決しているのだが、単純にほのかな甘味と心安らぐ優しい香りが気に入っていた。エルキュールが明日の執務に関する調整を別室でルブラードと相談している間、その日も自室でほっと一息入れようとしていた。  無言でお茶を差し出すドーテにも、最初クローディアは随分と話しかけた。  うんともすんとも言わない彼女に、死者の魂より掴みどころがないと思うと、心に虚しい寒風が通り過ぎる気がした。  会話がないだけでぞんざいな扱いを受けた訳ではないので、今はもう諦めつつある。  リーユも来てくれるのだし、彼女がこの役を気に喰わないのなら無理をせずともいいのにと思う。  テーブルに置かれた茶器は、いつもなら“コト”と静かに硬質な音をさせるだけだったのだが。  何故か今日は、“コトトト”と余分な音が聞こえ思わずドーテの顔を見た。  体調でも悪いのかな? と思ったが、茶器を置くとすぐ後ろへ下がってしまい分からない。  クローディアはそれでも「ありがとう」と言うと、少しだけ冷ますために手はすぐ付けず、背中越しのドーテに話しかけた。 「あのね、今度リーユが来てくれるでしょう。私思うのだけど、あなたが私のことを気に入らないのなら、無理してここにいてくれなくてもいいと思うの。だってお互いのために良くないでしょう? 私はお話できなくて悲しいし、あなたは私を見ると嫌な気分にならない?」  どうせ返事はないのでそのまま続ける。 「あなたはそれでも私の世話をしてくれたし、それに関してはきっと問題ないの。だから私じゃなくたって、お仕えできる方はいると思うわ。仲良く出来なかったのはちょっと寂しいけど、どうしても合わない人ってきっといるものね」  そろそろいいかな? と思い、茶器に手を伸ばす。  口元まで持って来ると、まだちょっと熱い気がしてふーっと息を吹きかけた。  ドーテは背後にいたので、その顔色が青ざめていることには気づかなかった。 「だから今まで、我慢して仕えてくれてありがとう。でもそんなに嫌だったのなら、言ってくれれば私ももっと早く諦めたの……やっぱり、お話してくれないって、悲しいし寂しかったから。エルクがどんな人か教えてもらいたかったし、誰かにあの時の不安を聞いてほしかったの……今はもう大丈夫だけどね。エルク、凄く優しくしてくれるから……」  薄い黄色のお茶の表面に映った自分の影が、ほんのり揺らいでいた。  花のような安らぐ香りを吸い込むと、茶器に口を付ける。
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