幽霊騒ぎの元凶

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「敵襲か?」  微かだが金属音が耳に届いた。  聞き慣れた音は剣と鞘がぶつかる音。  甲冑の軋む音に、軍靴の音。   「全員戦闘態勢。敵襲に供えよ」  素早く低い命令が王子から飛ぶ。  彼らは皆屈強な兵士。  人間の兵相手ならば十分に戦える。  皆剣を抜くと敵襲に供えた。  暗がりの向こうに人影が見える。  数はこちらの方が多い。  大丈夫。これならば勝てる。  勝機有りと思った兵が松明を敵兵に差し向けた。  炎に浮かぶ敵の姿は、しかしながら敵ではなかった。  甲冑はエーノルメのもの。ただしやたらとぼろぼろではあったが。 「味方!? もしや森でさ迷った調査隊が生きていたのか!」  兵の一人が歩み寄ろうとした時、味方のはずの剣の切っ先が鼻先に突き付けられた。 「やめ、お、俺たちは味方だ。エーノルメの兵だ!」  兵士が切っ先から相手に目をやる。  恐怖で息が止まり、悲鳴が出せなかった。    その顔は腐り落ち、汚れた肉がこびりついた骨が見えている。  剣を持った手から蛆が落ち、胸からは一本の矢が生えたままだった。  後から後から現れた兵の数は全部で五人。  そのどれもが皆腐りかけの死体だった。  ガキンと剣を打ち合わせる音をさせ、声も出ず硬直している兵の鼻先の剣を払ったのは王子だった。  兵士がその音に我に返る。 「幽霊とは違うようだな。その剣も鎧も本物。その装備は……皆歩兵か。俺のことが分からぬか? もう記憶にはないのか?」  王子は死体が蘇った理由など知らない。  他の兵士も含め、蘇った理由を生前の記憶に求めようとした。  しかし王子の語り掛けに対し「出て行け」とだけ返した死体は、五体一斉に襲ってきた。 「止むを得ん。彼らは皆一度死んでいる! 遠慮なくあの世に戻ってもらえ!」  王子は襲ってきた死体の一撃を跳ねのけると、兵を叱咤した。 「何をしている! 殺らなければ殺られるぞ! 戦意を取り戻せ!」  皆屈強と言えど王子ほど豪胆なわけではない。  幽霊の時点から怖気付いている者は、二、三剣を打ち合わせると敵わないと思ったのか、一人、また一人と戦線から離脱してしまう。  最初に逃げた二人のように、悲鳴をあげて三人ばかりが続けざまに逃げてしまった。  死体の剣捌きはなかなかだった。とても歩兵レベルの技とは思えない。  王子も応戦したが味方が減り残り五名。  剣を取り落した兵がまた一人離脱し、残り四名。  このままでは全滅かもしれない。  残りの兵はなんとか耐えている。  王子は決断した。 「お前たち、先に逃げた者を追って国境を越えろ。合流できるものは回収し、潜入地点で待機。明日になっても俺が戻らなかったら帰還して報告しろ」 「王子を残して撤退する兵などいません!」 「だめだ。俺が戻れば陛下は許さない。俺が潜入地点に戻れば兵を立て直し再び挑む。だが戻らねば陛下とて必要以上にお前たちを咎めることはしないだろう。余力のあるうちに行け!」  そう言うと死体と兵の間に入り松明を向けた。
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