街道の襲撃

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街道の襲撃

 それから数日後。クローディアの身支度を整えてくれているのはリーユだ。  彼女は朗らかに話しながら髪を結い、ドレスを着せ、細やかな気配りを見せてくれる。  正式に雇ってから数日が経つが、クローディアはすっかり彼女に心を許していた。    そのリーユが「今日は陽気がいいですよ」と言うので、支度を整えたクローディアは窓から外を見た。  庭園は美しいが、彼女は整った庭より野草の方が好きだった。  遠くに見える木々を眺めながら、少し森が恋しくなった。 「でしたら殿下にお願いなさってはいかがですか? 午前中はお忙しいようですが、午後はクローディア様と共に過ごされる時間が多いでしょう? よろしければ私がお菓子もご用意しますよ」  そう進言され、彼女は早速執務中のエルキュールにお願いしてみることにした。  仕事の場を訪れるのは初めてで、少し緊張した面持ちでノックをすると、返事をしたのは補佐官のルブラードだった。 「これはクローディア様。殿下にご用でしょうか」 「はい。あの、今はお邪魔でしたでしょうか?」 「いえ、そんなことは全くないのですが、肝心の殿下が今はこちらにはいらっしゃらないのです」  どうやらクローディアと共に朝食をとった後、執務に入る前に軽く剣の鍛錬に出るらしく、今もその最中。 「ですがもうそろそろお戻りになるはずです。こちらでお待ちになりますか?」 「お邪魔でなかったらそうしてもいいですか?」 「ええもちろん。ここでクローディア様をお返ししたら怒られてしまいますので」  彼はそう言いながら執務室の椅子を勧めてくれた。  デスクには書類がいくつか並び、壁際には国内の地図や本がぎっしり並んでいる。   「どうして怒られてしまうの?」 「執務の最中にもすぐクローディア様のお話をなさるのです。ずっと膝に抱えて仕事をなさりたいようですよ」 「まあ……」  赤くなって俯くクローディアも、どこか嬉しそうだった。  王子がベタ惚れなのは分かっているが、クローディアもきちんと心がエルキュールの方を向いているようで、ルブラードも安心した。  クローディアの反応を微笑ましく見ていると、執務室の扉が開きエルキュールが戻って来た。  そして妻の姿を見つけ喜びの表情になったと思いきや、彼女が顔を赤らめているのに気づきルブラードを睨む。 「貴様妻に何をした」 「殿下が片時もクローディア様から離れたくない旨をお伝えしました」 「む……そうか。ディア、ここへ来るとは珍しい。どうした?」  エルキュールはもう甘い表情に戻ると、立ち上がった妻を軽く抱き寄せ額にキスを落とした。 「あの、お願いがあって……。リーユが今日は陽気がいいと言うから、少し遠くまでお散歩をしてみたくなったの……お菓子も用意してくれるのよ! 向こうの丘に綺麗なお花畑があるって言うから、午後に一緒に行けないかなって」  どんな願いかと思えば、随分と可愛いお願いだった。  ルブラードは仕事をしつつ二人の会話に聞き耳をたてていた。 「では馬で共に向かうか。午後と言わず今からでも――」 「なりません。今日はこちらの分は必ず終わらせて頂きたいと申し上げました」 「ふふっ……ありがとうエルク。私ちゃんと午後まで待てるわ」 「俺が待てない」 「殿下」 「クソ……」 「それにエルク、今だとまだ大事なお菓子が焼けてないわ」 「殿下、クローディア様は殿下よりお菓子が大事なようですよ」  ルブラードのからかうような台詞にクローディアが慌てて付け足した。 「あの、大事なのはお菓子じゃなくてね、エルクと一緒に野原でお菓子を食べるってことでね?」 「分かっているディア。俺はどちらかと言うと菓子よりも甘い君の方が好ましいが」  意味ありげに唇に触れて来る。  クローディアが散歩をおねだりしたのに対し、エルキュールは彼女の唇をおねだりしているようだった。
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