街道の襲撃

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「でもあの、ルブラード様もいるし、恥ずかしいの……」 「俺の背中で見えない」 「見えません」 「どうせ見ていない」 「見ておりません」  二人の言葉にクローディアは困ったように眉尻を下げたものの、結局彼の首に腕を回し背伸びをした。  そっと重ねるだけのつもりだったのに、エルキュールはわざとなのかなかなか離してくれない。  角度を変えて何度も合わせては、軽く吸い付いていく。  小さく水音が鳴ってしまい、クローディアは耳まで真っ赤になった。 「ん……エルク、も、……ん、もう……」 「ルブラード、お前は少し出ていろ」 「それだと殿下の歯止めが効きませんので」  その隙にクローディアはエルキュールの腕をするりと抜けると、「頑張ってね」と真っ赤な顔で言い残して逃げ去った。 「クソ……気の利かないやつだな」 「気を利かしているからこそここに残ったのです。私がいなくなればそれこそしばらく入室禁止にするつもりではないですか」 「クソ……」  散々悪態をつく王子にルブラードは容赦なく書類を突き出す。 「さ。仕事ですよ殿下。クローディア様にうつつを抜かしていると、昨夜のように反対派に足元をすくわれてしまいますよ。そうでなくても戦続き。クローディア様の幸せのためにも政にも存在感を出して行きますよ」  ルブラードの言う事はもっともで、ぐうの音も出ないエルキュールは午後の楽しみを胸に、執務に集中した。  そしていよいよ城を出る時、クローディア以上に楽しみで仕方ないエルキュールの姿を見て、見送ったルブラードとリーユは添って苦笑したのだった。 「馬に乗るのは久しぶりなの! やっぱりちょっと怖いけど!」  馬が苦手なクローディアも、うねる風に負けぬよう叫ぶその姿は楽しそうだった。  手にはリーユが作ってくれたクッキーが小さなバスケットに入れられている。  彼女はそれを大事に抱え、そんな彼女をエルキュールが大事に抱えていた。 「大丈夫だ。絶対に落とさない」 「うん、分かってるの。エルクは絶対に私を落とさないわ。……こんなに逞しい腕だもの!」  エルキュールとこうして乗馬をするのは初めて。  だが彼女はもう分かっていた。  その腕が絶対に自分を落とすことは無い。  例え片手が無くても、彼なら足だけで器用に馬を操り、残った腕で決して落とすことはない。    今夜、秘密を話そうと思う。  死霊を扱えるということを。  だがまだこの時、彼女は迷っていることがあった。  それは彼がかつて白骨死体に憑依し、クローディアの護衛エクレールとして数日一緒に過ごしたことを告げるべきか。  彼には断片のように記憶の中にその出来事が残っているようだったが、例えそれを言ったところで全部を思い出すかは分からない。  別に思い出さなくてもいいはず。  彼女だけその事実をそっと胸に仕舞い、初恋の人と同じでよかったと安堵していればいいはずだ。  だけどどうしても彼女の中には後ろめたい気持ちがあった。  まだ彼がエクレールだと確証がない時、重ねるような、比べるようなことをしてしまったことに。  素直で嘘のつけない彼女にしてみれば、それはエルキュールへの裏切りにも感じていた。    秘密は明かしたいけど、どうやって話したらいいか見つからなかった。
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