街道の襲撃

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「この街道をもう少し行くと道が分かれる。そこで左に行くと町がある。右に行けば王都だ。君と出会った神殿はその途中にある。そしてこのまま三日ほど馬を飛ばせば君の故郷が見えて来る」  エルキュールは少しだけ馬の速度を落とすと、「帰りたいか?」と聞いた。  クローディアは静かに首を横に振る。 「ううん。遊びに行きたいとは思うけど、私が帰るのはもうエルクの元しかないよ」  その答えを聞いて、彼は優しく微笑むと腰に回す腕に力を込めた。 「フィルディとエーノルメは、まだ仲良しってわけじゃないでしょ。私が頑張ったら 仲良しになれるかな? もっと簡単に、どっちの国にも行けるようになるかな?」 「なぜ君だけ頑張るんだ。俺も一緒だろう。俺は別に戦が好きなわけじゃないと言った。死体の上に築く国土などいずれ崩れる。俺は父上とは違うやり方で国を守りたい」  手綱を握るエルキュールの手に、柔らかなクローディアの手が重なった。  小さいが、心を癒す優しい手。   「私も一緒だよ」 「ああ、そうだな」  爽やかな午後の街道は、やがて針葉樹の香りが漂うようになった。  いつの間にか糸杉が街道端に並び、午後の日差しが短い影を沢山作っていた。  クローディアが見上げる夫は、少し前は精悍と言うには少し険しいと思っていた。  だが甘やかされる日々、彼の表情も柔らかなものに変わり、厳しさは薄れ凛々しさが際立つように感じた。  自分の心境の変化なのか、本当に彼の表情が変わったのかはよく分からない。  睨んでいるように見えた目はいつだって優しくクローディアを見つめるし、引き締まった唇は彼女の思考を蕩けさせる魅力を隠している。  大きな体は生命力に溢れ、重ねた手は多くの命を……守りたくて奪ってきた。  エクレールは死を積み上げるエーノルメ王を批判していた。  エルキュールもまた、父王に反発している。  奪ってしまった命の重みを、彼は知っているのだ。  一緒にそれを、背負いたいと思った。 「エルク、私ね……」 「ん?」 「私、エルクのこと、だいす――」 「待て……」  エルキュールがクローディアの言葉を遮り、馬の速度を落とさないまま周囲を伺う。  今しがた凛々しいと思った彼の表情はにわかに険しいものに変わり、クローディアを抱く手には一層力がこもった。  事態は分からなくても、クローディアにも緊張が走る。  彼女もエルキュールが見つめる先を見た。  馬の行く手を阻むように、一人の旅人が立っていた。  その旅人は遠くの糸杉を指差している。  エルキュールは馬の速度を落とさないまま、旅人に突っ込んで行く。  旅人の姿は一瞬揺らいだだけで、相変わらずそこに立っていた。
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