街道の襲撃

5/9
前へ
/150ページ
次へ
「ねえ、お願いがあるの。今死んでしまった兵士の体に入って助けてくれない?」  大多数の魂は体が死ねばそのまま勝手に冥界に下る。  この旅人やかつてのシャンピーのようにうろつく方が稀なのだ。  死の森は大量の戦死者が出た場所にあり、さ迷う魂の量は異例と言えた。  今しがたエルキュールによって切られたこの死体ももう魂は消え去っていた。 「……対価は?」 「今あるのは私の血と……耳飾りはどう? 銀貨の代わりになるかしら?」 「血なんぞいらない。首飾りもくれ」 「いいわ、どっちもあげる。さあ受け取って」  クローディアが素早く耳飾りと首飾りを外し、地面に投げた。  黄金とペリドットが使われた宝飾品は今朝リーユが選んでくれたもので元はと言えばエルキュールから与えられたものだが、現状を打開するには致し方ない。  与えた供物がどうやって死者の魂の手に渡るのかは分からないが地面に転がった飾りは雨が土に吸い込まれるがごとく消えてしまった。  恐らく普通の人間が墓や祭壇に捧げる供物とは違い、魔術的な力によって実際に死者の手へと渡るのだろう。  金品や酒の要求が定番な辺り、あの世でもそれらの利用価値は高いのかもしれない。  それは行ってみないことには分からないが。 「ありがとう。それじゃあまず木立の弓兵をえっと……気絶させてこれる?」 「ついでに武器も取り上げろ」  戦いながらエルキュールがそう言った。  クローディアは驚いて顔を上げる。彼自身も驚きの表情だった。 「何故だ。何故急に死者の声が聞こえる? それにこの香りはなんだ?」  そう言えばジュレがかつてこんなことを言っていた。 『一度魂が体から抜けた者は、霊的な力が強くなったり感度が高くなったりすることもあるわ』  死体がゆらりと起き上がった。  乱戦の最中、敵は誰も気づかない。  旅人の霊が入った兵士はすぐに木立の中に隠れると、既に位置の判明している弓兵の背後から襲いかかった。  エルキュールに注視している兵士の首を後ろから絞めるのは簡単だった。  彼は地面に崩れた兵士の魂が器から抜けそうなギリギリまで首を絞めると、反対側の木立へと回り同じことをもう一人にもした。  これでこの二人はしばらく起き上がることはないだろう。エルキュールの言う通り剣と弓を回収すると、彼はまたゆらりと立ち上がった。  クローディアの元に戻ろうとして、何かが邪魔をした。  下を見るとエルキュールに斬られた腹からは赤い物がぶら下がっていて、それを無造作に服の中に押し込んだ。おぞましい事この上ない。  腹を真っ赤にしたまま、彼は木立の間からクローディアに手を振った。 「エルク、木立の弓兵はもう大丈夫なの」 「なんだこの感覚は。前にもあった気がする……いや今はいい、あいつ弓は使えるのか? 出来るのなら敵兵の数を減らして欲しい」  エルキュールは隙を付いて馬首を巡らすと、聞きながら木立に向かって走り始めた。 「大丈夫、かも?」 「かも、では困る、君に死なれたら俺は冥界に取り返しに行くぞ」 「エルクなら本当にやりそうなの!」 「楽しそうに言うな!」  この光景を知っている。  かつて君を馬に乗せ何かと戦ったことがある。  これはいつの、なんの記憶なのだ。  思い出そうとするほど、君が恋しくなるのは何故だ。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加