街道の襲撃

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 どこにいるとも分からない別の男に恋心を抱いたまま嫁ぐなんて、そんな失礼なことは出来ない。  淡い想いは想い出として昇華し、自分の過去を彩るものになるはずだった。  だけどヴェールの先にいたエルキュールにはどうしてもエクレールの想い出が付きまとう。  愛を向けられれば向けられるほど、エクレールとエルキュールの間で苦しい想いも膨らんだ。  共通点を見つける度に同じ存在であればいいのにと思うようになり、それが想い出の人を重ねているようで、すごく失礼なことをしているようで、自分が汚い人間に思えて、嫌で、苦しくて。  それなのに真っすぐに愛を伝え、大事に扱うエルキュールにも惹かれるものがある。  あの書庫でキスを求めたのは、そんな自分に好きな相手はエルキュールだと思い知らせて欲しかったからだ。  それを素直に受け止めることが出来ずに、ぼんやりと気持ちを誤魔化したまま今日確信をしてしまった。  エルキュールとエクレールは同一人物であると。 「どちらも同じなのに、でも私、なんだかいけないことをしているみたいで、エクレールにもエルキュールにも申し訳なくて。私どっちも大好きで、どっちも大切で、どっちも一緒にいたくて……」 「なんでそんなに悩む。どちらも俺だ。問題ないではないか」 「だって、最初は別の人だと思ってたのよ? 好きな人が別にいて、どっちか迷ってるみたいになって、どっちも好きなんて、そんなの相手に誠意の欠片もなくて酷い人間なの」 「そうか? それを言ったら俺だってそうだ。昏睡から目覚めてずっと、見たこともない恋人がどこかにいるような感覚だった。俺も君に還される前から君が好きだったんだ。ヴェールを取った時、俺は愛らしい君に一目で恋に落ちた。恋心を引きずっておきながら一目惚れしたんだ。それだって同じことじゃないか?」 「エクレールも、私を好きだったの?」 「そうだ。君が自覚するよりずっと早く」 「でも、エルクは私を覚えてないんだもの。あの瞬間私を好きになってくれたって、別にやましいことなんてないわ」 「なら君もそうだ。なぜなら君に再会した時、俺はセージの香りに誘われて漠然と森での記憶を重ねていた。その前提があってこその君への一目惚れなんだ。俺も君も、魂のレベルで惹かれた。俺はそう思う」  ぽろっとクローディアの瞳から涙が零れた。  若草色のドレスに落ちて、小さく染みを作る。それは一つ、また一つと重なり、染みを大きくしていった。 「私、嫌な人間じゃない?」 「どうしてだ。むしろ光栄だと思わないか。君はあの白骨死体の俺に惹かれたんだぞ? それはつまり、俺の心そのものを見てくれていたと言うことではないか」 「エクレールは優しくて、私の生者が恋しい気持ちを埋めようとしてくれて、肉体もないのに心をあっためてくれたの。あなたと離れがたい気持ちがなんなのか分からなかったけど、ジュレが恋だって教えてくれたの」 「俺がこの身体のままあの場所にいても同じことをした。君がエクレールに対して感じたことは、そのまま俺に対して感じていることと同じじゃないか? それとも肉体を得た今は違うと言うのか? 優しさも、君の寂しさを埋め心を温めたい気持ちも、離したくない想いも、全て違うと?」 「ううん、同じなの。エクレールがしてくれたことも、エルクがしてくれることも、私が感じることも想いも、どっちも同じなの……大事にしたいし愛しいし、愛して欲しいって思う気持ちはぴったり同じなの」 「俺はエクレールの時も今も君を愛しているし離したくない。しかもだ。今は温められないと悔やんだあの体ではなく、生者の体だ。君を抱いて温めることも、キスだって出来る。君の大好きな菓子を共に味わうことも出来るんだ。こんな素晴らしいことはない」 「あのね、エクレール、私あなたのことが好きなの」 「俺も好きだ、クローディア」 「あのねエルク、私あなたのことが好きなの」 「俺も好きだ、ディア。君は俺の魂を愛してくれた。俺も君を魂で覚えていた。こんな奇跡、どこにもないと思わないか?」
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