ヴァンパイアと百合の花

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「吸血鬼という存在は知っているか」 「えぇと、御伽噺でしたら」 「その程度だろうな。大して知っている必要はない。吸血生物は他にもいる。人間の食事と同じように、生きるための栄養素として人間の血液が必要なこと、日の光に弱く日中は活動できないことだけ覚えておけばいい」 「と、言われましても……!」  短い言葉だけで説明を済ませようとしたユリウスに、リリアーヌは慌てて質問を加える。 「オラール家の方々は、皆吸血鬼なのですか? ユリウス様のご両親には、日中に会っているはずなのですが」 「全員じゃない。オラール家の古い祖先が吸血鬼だったんだ。今はもうほとんどの者が人間と変わらない。けれど何世代かおきに吸血鬼の特徴を持つ者が現れる。今回はそれが俺だった」 「今までも、人間の血を……?」  その様を想像したのか、リリアーヌは怯えた反応を見せた。それにユリウスは、僅かに瞳を翳らせた。  一瞬の影を打ち消すようにくっと皮肉気に笑うと、ユリウスは挑発するかのように頬杖をつき、唇を吊り上げる。 「なんだ。人間を殺して血を啜ってきたとでも? お前のことも干からびるまで吸い尽くしてやろうか」  にぃと笑った口の端から牙が見える。先ほどの痛みを思い出し怯んだリリアーヌだったが、ぐっと腹に力を入れると、深く息を吐いた。 「……いえ。あなたが人を殺したとは思いません」  予想外の返答だったようで、ユリウスは虚を衝かれたような顔をした。 「何故だ?」 「ユリウス様は、紳士ではありませんが……心根はお優しい方なのだとお見受けします」 「優しい? 俺が?」 「あなたは文句も言わずにわたしの荷物を運んでくださいました。その後屋敷内を案内する時も、手を引くようなことはなくとも、わたしが夜の暗さの中で足をとられないか、気にしながら歩いてくださったでしょう。そうそう、屋敷内の明かりも、おそらく普段より多く灯しているのではないですか? 蝋燭が真新しい。日の光が苦手なら、あなたは明るさに慣れないはず。夜目も利くと見えます。だとしたら、これは今日来る人間のわたしに合わせたものでしょう。わたしの血を吸った時も、多く吸われていたのなら、わたしは今こうして話すこともできないはず。わたしの体調に影響が出ない程度に留めてくださったのでしょう。ああ、先ほどのフリカッセの時の会話もそうです。乳製品が血液の代わりになるとおっしゃいました。つまり、あなたは人間の血を吸わなくても、代替品で済ませることがあったということです。殺してまで血を吸おうという気性なら、そんなものは決して――」 「わかったわかった、もういい」  疲れ果てたような声で制止したユリウスに、リリアーヌははっと息を呑むと、そのまま顔を覆った。 「ももも、申し訳ありません……! わたし、たまにこのように、考えたことをそのままつらつらと口に出してしまうことがありまして……! 気をつけてはいるのですが」 「変わり者だとは聞いていたが、なるほどな。男を前に、こんなにお喋りなご令嬢は初めてだ」  呆れたように言われて、かぁっと耳まで赤くなる。リリアーヌは赤い顔のまま、恨めし気にユリウスを見上げた。 「それはこちらの台詞です。いきなり淑女の首に噛みつく殿方など、初めてお会いしました」 「気にするところはそこなのか」  くつくつと楽し気に笑うユリウスに、何が面白いのかとリリアーヌは怪訝な顔を隠さなかった。 「まぁ、結納金のカラクリはこの通りだ。代替品で空腹を紛らわせることはできるが、それでもある程度は人間の血がないと俺は生きられない。成人するまでは遠縁の者に頼んでいたが、血縁者の血はひどく不味い。成人してからは淑女に声をかけて恩情を賜ったりもしていたが、あちこち手をつけていると醜聞になる。そこで事情を知る決まった相手から貰うなら構わないだろうと、今回の縁談が持ち上がった。見返りがあるのなら、難があっても受け入れるだろうと」 「それが最初の『餌』という発言に繋がるわけですか……」 「この先俺の主食になるわけだからな。間違ってはいないだろう?」  リリアーヌは複雑な表情で黙った。餌扱いされて喜ぶ人間などいない。  けれどそれ以上に、ユリウスの言葉には自虐的な色が含まれている。  人間の食事を餌などと言ったりはしない。彼は、自分の口にするものが、餌だと。 「俺が望んだ時に血を提供さえすれば、あとは何をしても構わない。元々俺一人だったからな、家のことをする必要もないし、不便な場所だが出かけたいのなら自由に外に行っても良い。金も好きなだけ使え。お前が破産するほどの金の使い方ができるとも思えんしな」  自分に求められているのは、食糧としての役割だけ。  それを告げられて、リリアーヌはきゅっと口を引き結ぶと、真っ直ぐにユリウスを見つめた。 「ユリウス様。わたしはあなたと結婚するためにここに来ました。これから、わたしはあなたの妻になります。妻ですから、夫を助けることになんら異論はありません。必要な時に血を与えることも構いません。ですからあなたは、わたしの夫として振る舞ってくださいませ。夫として妻に要求したいことは遠慮なく口にして構いませんし、私もそうします。お互いを一人の人として尊重してください。私はミルクを出すだけの家畜ではないのですから」  言い切ったリリアーヌを、ユリウスは薄く口を開けたまま見ていた。  反応から感情が読み取れず、じりじりとした焦燥を感じながらも、言ってしまったのだから後には引けない。  じっと言葉を待っていると、ユリウスは赤い瞳をゆるりと細めて、幾分柔らかく笑った。 「そうか。なら、夫の当然の権利として、今宵は部屋にお伺いしても?」 「も! もも、もち、もちろんでっ」 「冗談だ」  くつくつと笑うユリウスに、リリアーヌは喉の奥で唸る。  新婚初夜なのだから別段拒む理由もないし、妻の義務でもある。けれどからかわれたとあっては話は別だ。 「思っていたよりも退屈しなさそうだ。改めて、これからよろしく頼む。リリアーヌ」 「……リリアとお呼びください、ユリウス様」  衝撃の連続であったものの、存外穏やかな微笑みに、リリアーヌはこれからの未来が良いものとなる期待を膨らませた。
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