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「僕は君に相応しくない」
王太子にしてわたくしの婚約者でいらっしゃるフェルナン様は、麗しいお顔を憂いで歪めておっしゃいました。
「そのようなことはございませんわ」
なんだかおかしな拗らせ方をなさっているようですわね、と思いながらわたくしは申し上げますが、フェルナン様は激しく首を振るだけです。金色の御髪が乱れて、辺りに眩い光を振りまく様は、幼いころから数えきれないほど見ていても、天使のよう、だなんて思ってしまいます。
「誰もが言っていることだ。ミレーヌ──君は美しく気高く賢く、しかも強い。君と会った者は誰でも、跪き崇拝せずにはいられないだろう」
「もったいない御言葉です」
フェルナン様が何をおっしゃりたいのかはよく分かりませんが、柔らかく優しい響きで褒められるのは耳に心地良いものです。謙遜しながらも、口元が緩んでしまいます。
口に出すのは感じが悪いでしょうから心の中で思うだけですが、殿下の評価にいっさいの誤りも誇張もございません。
銀糸の髪に宝石の青の目、夜空に輝く月と称えられる美貌。あらゆる所作は優美を極めて、舞踏のようだと見る人の溜息を誘います。
公爵家の令嬢として礼儀作法や教養を修めるのは当然のこと、法制にも古今の故事にも通じ、最新の学説に触れることも怠っておりません。護衛騎士を煩わせることがないよう、剣や魔術の腕も鍛えております。なるほど、女神と思う人がいてもおかしくないでしょう。
わたくしはそのように自らを磨き上げ、鍛え上げてきました。これもすべて、王太子妃──ひいては王妃になるためです。
「僕なんかが君を独占するのは間違っていると思う。だから、君を自由にしてあげたいんだ」
「わたくしは何ものにも囚われておりませんけれど?」
「君はそう思うかもしれない。だが、僕が耐えられそうにない」
わたくしには珍しいことなのですが、嫌な予感がいたしました。ここは、王宮の広間のひとつ。フェルナン様を始めとした若い王族や貴族が集う、サロンのような空間です。もちろん、わたくしたちのほかにも人がいて、わたくしたちのやり取りに注目しています。
フェルナン様がわたくしに気後れなさるのは、まあ分からないでもないですが、ふたりきりの時に甘えるのではなく、公の場で切り出すには、少々不穏な内容ではないでしょうか。
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