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黒幕(名詞)1.表面に出ず、かげで指図したりする人、2.黒い幕
俺は、正義の味方が嫌いだった。正義の味方はテレビの中の人間しか救わないから。
そんなキッズ時代を過ごした俺は、徐々にその思いを悪への憧れへと変質させていった。
そして、最終的に黒幕という存在にたどり着いた。
決して表に出ず、全てを裏で操る。気づけば、黒幕に踊らされている。
かっこよすぎではないだろうか。
黒幕になりたい。黒幕になりたい。黒幕に、なりたい!
だが、俺は黒幕にはなれなかった。
志半ばで死んでしまった。
黒幕になりたかった。
死の淵で神を恨んだ。正義を信じられない環境に産み落とした上に黒幕にもならせてもらえないなんて。なんだったんだ俺の人生はと。なんの意味があったんだ。何の意味が。
血だまりに倒れた俺は叫び、そして、完全な闇に包まれた。
黒幕に、なりたかった。
神様がいるのか、いないのか。
いたとしたら、許しを乞うているのか、ただの気まぐれか。
俺は転生をした。
黒幕に。
そう、黒幕に。
ただ、やはり神は愚かだ。
何故……。
「ボス、この黒い幕はどこにかけておきます~?」
「ああ、それは新しい魔王様の玉座の後ろに吊るんだよ。へへへ、どうだ、めちゃくちゃ悪そうだろ」
何故!!!!! リアル黒幕にした!?
俺は、魔王の後ろに垂れている黒い幕に転生した!
実は、元々は黒い幕ではなかった。
俺が転生したのは、黒竜というドラゴンだった。
だが、生まれてからずっと記憶がなく、俺はただただ竜の本能に従い怒りのままに世界を蹂躙していた。
俺が転生した記憶を取り戻したのは、ドラゴンとしての生を終える瞬間だった。
魔王軍に囲まれ、四方八方から矢や槍を突き刺され、血だまりに倒れた俺。
どこかで見た事のある光景だな、と思っていたら、前世思い出した。
そして、死んだ。
また死んだ。
だが、流石ドラゴンのいるファンタジーの世界。
俺は怒りと憎しみの怨念の塊となり、この世界に留まった。
この世界では魂だけでは留まることが難しく、何か依り代が必要だったために、俺は逆鱗のある自分の皮で作られた黒い幕にとり憑いた。
これが事の顛末。
そして、
「ふん、貴様らにしては上々。悪くない部屋だ。良かったわね、首の皮一枚で繋がって。……おい、何をぼうっと傅いている? 私は眠いのです。一族郎党殺されたくなければとっとと去りなさい」
美しい金色の髪を纏め、赤い鋭い目で睨みをきかせ部下共を震え上がらせる女。
この女が、新たな魔王。リズラヒルデ。
部屋の工事や内装を行っていた魔族たちの話を盗み聞きしたところ、鋼の女と呼ばれ敵味方関係なく容赦のない恐ろしい女らしい。
魔王になったのも、魔族として高貴な家柄の上に、徹底的に周辺の敵対する者全てを殺しつくしたその残虐性が認められてのこと。
リズラヒルデが、真っ赤な目に妖しい光を宿し、部屋中をぐるぐると見て回る。
これも聞いた話だが、魔王軍も一枚岩ではないらしく、恐らくリズラヒルデも何か仕掛けられていないか警戒しているんだろう。
カツカツと靴音を鳴らしながらゆっくりと歩き回る。
その音は、妙な迫力があり、俺もぶるりと身を震わせた。黒い幕だけど。
ちなみに、幕に宿っており、何処でも【魂の目】を開くことが出来るのだが、いかんせん吊られているので裏面ではただの壁しか見えない。身体はある程度魔力で動かすことが出来るようだがいかんせん吊られているので動けない。あとは……
バアン!
『ぴぃ……!?』
「……!!!!? 今、声が?」
声も出せる。正確には、魔力に声を乗せるような形だが、会話も不可能ではないようだった。
リズラヒルデの真っ赤な目が黒幕の俺を突き刺すように見る。恐ろしい目だ。
正に魔王にふさわしい。
俺がここで黒幕として覗いていたのがバレれば、俺はリズラヒルデによって八つ裂きにされて捨てられてしまうだろう。折角得た生(?)だ。有効に使いたい。
俺は心を殺し、沈黙を貫く。
やがて、リズラヒルデは視線を外し、小さくため息をついて諦めた様子を見せた。
ほ。
けれど、やはりリズラヒルデのあの目は恐ろしい。もともと目つきが鋭いというのもあるがなんとも言えない迫力がある。前世の、とんでもなく怖い女を思い出してしまい震える。黒い幕だけど。
リズラヒルデは金髪を纏めていた櫛を外し、ぶんぶんと首を振って髪を下ろす。
(美人ではあるんだよなあ……。)
だが、怖い。マジで目が怖い。
リズラヒルデは、椅子に深々と腰をかけると……突っ伏して泣き始めた。
(え……?)
「うわああああああん! もうやだよお! なんで!? なんで!? なんで!? まおーになんてなりたくなかったのにぃい! もうやだ! やだあああ!」
駄々をこねはじめた。
(え? これが、リズラヒルデ……?)
俺は幼女のごとくじたばたと泣き喚いている女を見て、目を疑う。
鋼の女、悪鬼羅刹の女、死神の娘、そんな風に呼ばれていた女がとんでもなくじたばたしている。
だが、何かに気づいたのか。ぴたりと泣き止むと、姿勢を正し始める。
コンコン。
ノックの音。
「リズラヒルデ様、よろしいでしょうか」
「なんだ。私の時間を奪う価値がある話なのだろうな」
(えええええぇぇぇぇぇ……?)
さっきまでの大きい幼女はどこにいったのか、血の底が震えるような声だ。
リズラ、ヒルデさん……?
「は……あ、いえ……一度、ベルビオス様のご意見を仰いで必要とあらば、また伺います」
「そうしなさい。……他の者にも伝えておきなさい。私の時間を無駄に奪うものは、相応の価値のあるものを罰として寄越せと。ふん、まあ、貴様ら如きでは命を差し出しても足りるとは思わないけど」
「き、肝に命じ、他のものにも言い聞かせますので、ご容赦を……」
「ゆけ。私は忙しい」
「は!!!!! し、失礼しました!」
ドア越しでも分かるほどに声を震わせた魔族の男がバタバタと去っていく。
「……ふぅ。もぉおおおおおおおおおおお! 誰も来ないでよ! やだやだやだ! 怖い! 魔王軍怖すぎる! 何も判断したくない! 責任持ちたくない! やぁあああああ!」
(えええええぇぇぇぇぇ……)
「ぐすん。確かに、ウチは魔族では高貴な家柄だけど、別に私自身は魔王になんてなりたくなかったのに。お花屋さんになりたかったのに」
(えええええぇぇぇぇぇ……)
「大体、お父様も後継者を選ぶのが適当過ぎるよ。確かに私の魔力は兄妹でも群を抜いてるのかもしれないけど、私戦うの嫌いだし、痛いのやだし」
(えええええぇぇぇぇぇ……)
「ただ、お父様が怖くて黙って従ってたら、『お前は他の兄弟とは目が違うな。口数は少ないが目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。その野心溢れる目。お前こそが魔王候補にふわさしい』とかわけわからないこと言い出すし」
(えええええぇぇぇぇぇ……)
「もうかえりたぃ……」
(えええええぇぇぇぇぇ……)
その後も続いたリズラヒルデのデカくて長い独り言(愚痴)によると、リズラヒルデは確かに能力はとんでもなく高いらしいが野心は全くなく、ただただ、周りの勝手な誤解と称賛によってあれよあれよとこの地位になってしまったらしい。
あと、とんでもなく口下手だという事が分かった。
「リズラヒルデ様、お召替えを」
「ぁ……ぅ……分かった。とっとと済ませろ。私の時間を奪うな」
「は、はい……」
リズラヒルデの裏側(中身)と照らし合わせるとこう言いたかったようだ。
『ああー、もう私なんかに時間とらなくていいから、もうちゃちゃちゃっと適当に済ませてください! ほんと、私なんかにごめんねー!』らしい。
リズラヒルデの家は、とんでもなく武闘派の家らしく、人前だとついつい緊張して口調が強くなってしまうようだった。まあ、舐められると正体がバレていじめられるかもしれないという不安もあるらしいが。
リズラヒルデの言葉に、怯えながらも魔族のメイドたちがリズラヒルデを夜着に変えていく。
(ん……? 夜着に……?)
『ぶふっ』
「声? リ、リズラヒルデ様……!」
「……気のせいだ。心の弱い人間には見えぬものが見え、聞こえぬ声が聞こえる。貴様もメイドとはいえ魔王軍の一員なら、心を強く持て」
「は、は! 申し訳ありません」
(あぶねえ、声が漏れた)
多分、リズラヒルデ(中身)はこう思っているんだろう。
『ああー! もうやめてやめて! こわいこといわないで! 私今日からここで寝なきゃいけないんでしょ! お人形も持ち込めなかったし、これ以上不安にさせないで!』
かわいい。
だが、その中身のかわいさとは対照的と言うべきか……。
リズラヒルデの身体は、ひじょぉおおに大人だった。
暴力的ともいえる胸と尻である。俺が見てしまうのは仕方ない。なんせ俺はただの黒い幕であり、吊られてしまっているのだ。仕方ない。
魂の目を閉じろ? 男なのだ。仕方ない。
俺はいろいろな意味でリズラヒルデを見守る黒い幕となった。
ある日のこと。
(ん?)
リズラヒルデの不在中に、1人の魔族メイドが入ってきた。掃除をし始めたが落ち着かない様子できょろきょろと見まわし、革袋から一振りの見事な赤い宝玉の入った短剣を取り出した。
(あれは確か四天王アキララの……)
魔王四天王の1人、赤のアキララ。派閥争い激しい魔王軍の中でも比較的リズラヒルデ側の四天王が腰に差していたのを見たことがある。
(それを何故メイドが……)
「はぁ~、ベルビオス様の命令とは言えなんでワタシがあの恐ろしいリズラヒルデの部屋にこんなものを隠さないといけないのよ」
魔族メイドは悪態を吐きながら、アキララの短剣を簡単には見つからないように隠した。
その後、騒ぎが起きる。
アキララの短剣をリズラヒルデが盗んだと青のベルビオスが責め立てた。
「リズラヒルデ様、残るは貴女の部屋しかないのですよ。いくら魔王とはいえ、家宝であり、アキララが命より大切にしている赤星の短剣を勝手にとるなど横暴ですな」
「……何故、私の部屋にあると?」
「皆の部屋を調べ回ったのです。そして、盗まれたのは今日の事。今日は忌の日の為、誰も外に出ておりません。残るは魔王様の部屋のみ。であれば、疑うのは当然でしょう?」
青のベルビオスが嘲笑うようにリズラヒルデを見つめる。真っ赤な目で睨み返しているように見えるリズラヒルデだが、きっと内心は。
『してないもん! してないもん! アキララは私にやさしいし、そんないい子の大切なものを盗むわけないでしょ! ばかー!』
といったところだろう。
リズラヒルデの部屋には四天王が揃っている。俺が知っている限り、四天王の1人は中立、1人はベルビオス側、そして、アキララはリズラヒルデ側だ。
恐らく、ベルビオスの狙いは、アキララの短剣をリズラヒルデが盗んだことにし、魔王としての品格を貶め、アキララをリズラヒルデの敵にすることが狙いなのだろう。
実に、悪い。
なかなかの悪だ。
リズラヒルデを見ると、何も言えず口を噤んでいる。ベルビオスの確信めいた笑みに不安を感じているのだろう。
正直に言えば、リズラヒルデは魔王の器ではないように思う。
だが、彼女自身の真剣な思いは自然と多くの部下たちに伝わっているように見えた。
だから、ベルビオスの手のもの以外は、リズラヒルデの見た目や迫力に怯えながらもついてきているし誠心誠意仕えようと見える。
いい女なのだ。リズラヒルデは。
「おや……リズラヒルデ様、あの黒竜の皮の後ろが不自然に膨らんで見えますが?」
ベルビオスがそう告げると、リズラヒルデは慌てて視線を向け、あっという表情を見せる。
ただ、それに気づいての驚きだろうが、ここではあまりにも悪手。
ベルビオスは鬼の首をとったかのような顔で近寄り、俺に手をかける。
ただな、ベルビオス。
『お前は逆鱗に触れた』
「え?」
俺は、俺をつるしていた紐を怒りのままに引きちぎり、ベルビオスにまとわりつく。魔力を纏わせればこのくらいのことは出来る。そして、うまく扱えば、この幕に入るものであれば運ぶこともできる!
そう、例えば、
「……!! ベルビオス! お前の手にあるのはアタシの短剣じゃあないか!?」
アキララの責めるような叫び声でハッとし自身の手に握られた短剣を見てベルビオスは顔を青くさせる。
そう、短剣程度であれば余裕だ!
俺はひらりとベルビオスの手を離れる。
「こ、これは……違う! あの幕に入っていたのを持ってしまっただけだ! この幕がっ!」
俺はひらひらと宙を泳ぎ、持ち主の元へ、リズラヒルデを包むように抱きしめてやる。
身体は小さく震えている。俺は、マントのようにリズラヒルデにまとわりつき、口元を隠す。
『ベルビオス、私が不在の間に掃除をしにきた青髪のメイドは元気か?』
「……ん? んんん!?」
リズラヒルデの口を塞ぎながら俺が声を魔力に乗せる。
ベルビオスは青い顔をさらに真っ青にさせている。ざまぁ。
『小悪党の悪戯であれば笑って許してやったが……この魔王と四天王に対し、盗み、騙り、貶めようとした罪は重いぞ。なあ、テノヒラルクルク? 食料の横流しよりも重い罪だよなあ?』
「……は、ははあ! その通り! ベルビオスめ! そのメイド、確かお前が手を出しておったメイドではないか!? 尻尾を出しおったな! はっははは!」
「テノヒラルクルク! 裏切ったな!」
ベルビオス側の四天王、黄のテノヒラルクルクも状況を不利と察してかリズラヒルデ側に付き始める。
リズラヒルデはまだ状況が把握できず、パニック状態。だが逆にそれが怒りに震えているようにも見えて、ベルビオスが怯え始める。
「う、う、うわあああああああああああ! お前が、お前さえいなければ!」
追い詰められたベルビオスが青い炎を放つ。
だが、完全に悪手。俺を誰だと思っている。黒竜の皮だぞ。
炎は全て俺、黒幕によって弾かれ、ベルビオスは呆けた顔で驚いている。
「は、は、はぁああああああ!?」
『ベルビオスよ、お前は自分が魔王になった暁にはこの辺の村を兵器工場に変えようとしているらしいな』
「そ、それがどうした!? 力が全てだ!」
ぐいと俺がすごい力で引っ張られる。俺の仕事はここまでで十分だろう。
あとは、主役にお任せだ。
「村を? ベルビオス? では、そこに住む民はどうなる?」
リズラヒルデが誰もが震える冷たい声でベルビオスを問い詰める。
俺も震えている。
「た、民は、奴隷にし、兵器工場で」
「……もうよい。ベルビオス。今までご苦労だった」
リズラヒルデがそう告げる。俺は気付けば、ベルビオスの後ろに立っていた。
首のないベルビオスの後ろに。
頭は、リズラヒルデが持っていた。
「……新たな四天王を探せ。私の考えに従えるものを」
「「「は!」」」
こうして、ベルビオスの企みはあっという間に潰された。
正直ちょっと楽しかった。
(もしかしたら、俺の黒幕人生はここから始まるのでは)
あれ以来、リズラヒルデは俺をマントにしている。自分が言いたくても言えないことを代弁してくれる便利な魔法道具に思っているようだ。
だが、魔王の日々は楽じゃないらしい。俺が彼女を守ることも動かし躱させることもするほど気の休まらない日々だ。
「あー! あー! もうやだー!」
そして、時折、俺を被って部屋で泣いている。
俺は黒幕。
魔王という表を陰で操る黒い幕だ。
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