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「そうだな。貸しボ…」
貸しボートにでも乗ろうか…
という言葉を優太は慌てて飲みこんだ。
これも不思議なのだが、風花は公園の貸しボートに優太が乗るのことを嫌がるのだ。
「パパは乗っちゃ駄目なの! 絶対、駄目なの!」
泣き喚めき服の袖を破れんばかりに掴んでまでも、優太がボートに乗ることを阻止しようとするのだ。
「どうして、パパはボートに乗っちゃ駄目なの?」
と風花に問うても、はちきれんばかりに顔を真っ赤に染めて、
「駄目なの!」
と金切声でしか叫ばないのだった。
諦めるしかなかった。
風花自身にも止める理由をわかっていないのかもしれない。
市民公園は家族の散歩コースだ。蒸し暑いこんな日には水辺で涼むのには最適だ。
しかし貸しボートは忘れることにした。
「暑いし、公園でアイスクリームでも食べるか。さ、行こう」
優太の掛け声に、三人で連れ立って神社の参道を歩いた。
「……」
途中、優太は立ち止まった。
背を向けた小さな社の方から何か聞こえたような気がしたからだ。
「何の音だ?」
微かな声のようにも聞こえた。
葉と葉が擦れる音にも思えた。
ふり返ってみたが、夏の日差しでぐんと伸びた木々に埋もれるように建つ社は、ただ無言でうだる熱気に耐えているだけだった。
「気のせいか…」
優太はまたすぐに石の鳥居の方へ歩き始めた。
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